【ようじょ】

「まいごになってしもうた」


 目の前には一人の幼女。


 心当たりの場所まで導くと、彼女は獣耳を生やしたお姉さんに姿を変えた。


「ふふ。引っ掛かったな人間」


 幼女ならぬ妖女だったとは。


「どうだ、驚いたじゃろ?」

「好みのタイプ過ぎて驚きました。結婚してください」

「そうじゃろう。……は?」


 妖女は驚きに目を見開き、こちらを見つめる。


「今、なんと申した?」


「好みのタイプ過ぎて驚きました。結婚してください」


「こやつ……バカにしておるのか?」


 怪訝そうににらみつける、その目すら美しかった。


「断じて馬鹿になどしておりません。化かされてはおりますが」


「ふん、抜かせ」


 長い黒髪をふぁさっと掻き上げると、切れ長の目で見下すようにして言った。


「わらわは妖狐。何人たりとも恐れる、狐の妖怪じゃぞ?」


「太陽の陽に子どもの子、で陽子さんとおっしゃるのですね。覚えました!」


「違うわ。妖怪の妖に狐! そもそも名前ですらないわ!」


「いいツッコミです。やっぱり、僕らは相性がいいみたいですね」


「きい、こわっぱが。こけにしおって……」


 妖女は左手を胸の前に出し、手の平を上に向け……。


 ぼうっ! と、火の玉を出現させた。


「見よ。人玉じゃ!」


「う、うわあああ!」


「どうじゃ。今度こそ驚いたじゃろ?」


 僕の反応を見た妖女は、大変嬉しそうだ。


「驚きました。陽子さん、あなたは人を楽しませる才能がおありなんですね?」


「はあ!? 何なのじゃ、そのポジティブ解釈。そしてわらわは陽子ではない!」


「どこでそんな技を覚えたのですか? 僕にもひとつ、教えていただけませんか?」


「実は妖術と見せかけたただの手品でな。浮いているように見せかけて、特別な道具を手の平の上に乗せているだけという……って、なんでわらわは解説しておるのじゃ!?」


「ははは。いいノリツッコミですね。素晴らしい、僕たちなら漫才グランプリの頂点も夢じゃない!」


「くっそ~、ペースが狂う! 貴様のようなのがいるから、人間は嫌いなのじゃ! おとなしく化かされておれば良いものを……」


 妖女の発言に、たずねるべきところがあった。


「私のようなものと、過去にも接触したことがあるのですか?」


「なんじゃ、急に食いつきおって。そなたには関係ないであろう」


「いやあ、こんな綺麗な陽子さんとお近づきになった人間が僕以外にいるなんて、嫉妬しちゃうなあ。もっと話聞いたら、もっと嫌な気持ちになるかもしれないなあ」


「なんじゃ、その「まんじゅうこわい」みたいなトラップ。実は話して欲しい、みたいなのが見え見えなのじゃ!」


 おっと、見え透いた策だったか。しかし簡単には諦めん!


「じゃあ、僕も昔の恋愛経歴語りますので、語り合いっこしましょ?」


「……ふむ、それは面白そうじゃ。やはり、コイバナは語るだけではつまらん。互いに秘密を共有するところにこそ、醍醐味があるのじゃからな」


 ダメ元で言ってみたが、思いの外成功した。大学時代の飲み会みたいなノリで妖女の心が開くとは思ってもみなかったな。


***


 もう何十年も前になる。その男は、まさにお前のようにひょうきんな奴じゃった。


 その頃もわらわは、人を驚かせようとたびたび今日のようなことをしておった。

 その最中、わらわの行動にもまったく臆することなく、しまいには求婚までしてくる男が現れた。

 そやつがその男。


『妖狐さん、僕と結婚してください!』

『嫌じゃ! 誰がお前のようなふざけた人間なんかと!』

『ふざけた人間でダメなら、真面目な妖怪になれば結婚してくれますか?』

『そういうところがダメなんじゃ!』


 何度も何度も化かし、馬鹿にされ、くだらないやりとりを繰り返す日々。

 今思えば、わらわはそんな日々のことを楽しんでいたのかもしれない。


 ――それがずっと続くのだと、思っておった。


 ある日、いつものように男を驚かそうとしたところ、いつも現れる道にそやつは現れなかった。

 それから来る日も来る日も、待てど暮らせど現れなんだ。


 わらわは焦りのようなものを覚え、いつか聞いた彼奴の家へ向こうた。


『そんな……』


 こっそり忍び入ったところ、その家の仏壇に、彼奴の遺影が立っておった。

 戦争で帰らぬ人になってしまっていたのじゃ。


***


「そうやって、散々一緒に居たいなどと言いおってからに、何も言わずに逝ってしまった」

「……」


 ああ、そうだ。

 彼女はひどく、寂しがり屋で。

 どうしようもなく、誰かを好きになりたくて仕方が無かったのだった。


「だから人間は嫌いなのじゃ!」


 そう言うと、うっすらと彼女の目尻に水滴が光る。


「じゃあ、やっぱり妖怪じゃないとダメですか?」


 言うと僕は、手の平から人玉を出した。


「な……!? 本物の、人玉じゃと……」

「ふふふ。あなたに会ってから、沢山練習したんですよ」


 数十年前のあの日から、ずっと探していたんだ。


「お前、まさか……」

「御久しゅうございます」


 再会の挨拶を告げると、彼女は目元を抑え、顔を赤らめた。


「……姿かたちが変わっておったから、気付かなかった」

「ええ。僕も人間に化けるのに、苦労しているんですよ」


 何十年も前に死んだあの日から、僕は妖怪として現世に転生した。


「こうやって、ひょうきんな人間のフリをしていれば、いつかあなたに出会えるかなと思って」

「まったく。化かされていたのはわらわの方だったのじゃな……」


 彼女は人差し指で目元の涙をぬぐうと、穏やかな笑みを浮かべた。


「さておき」


 僕は長年我慢した言葉を、彼女へ伝える。


「真面目な妖怪になった僕と結婚してください!」


 そう言って右手を差し出す。


「い、嫌じゃ! 誰がお前なんかと!」

「ええ!?」


 すると彼女はいじらしく左手を口元に添え――。

 右手で僕の手を取り、上目づかいで言った。


「……ま、まずは、お友達から、お願いします……」

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怪異たん こばなし @anima369

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