第4話

「俺たちは、明日の朝七時までにスーパー内の化物どもを皆殺しにするって訳だ」


 ソフトハットを被った男、様仲派也が口を開いた。少しヨシフスターリンに顔が似ているというのが彼の自慢だ。青みがかった髭が黒いソフトハットの与える柔らかな印象を歪なものにしている。


 「それにしても、化物化物化物、ちょっとはまともな名称を付ければいいものを。アイツらも言葉を話すんだぜ、同じ生き物なんだ」


 スターリンもどきの口が上下左右に忙しなく動く。建設途中の現場、鉄筋の上で男が二人向かい合っている。片方のハッピーセット並みに作りが簡単な顔をした男がチェスターコートの裾を弄くり回す。


 「解剖学の先生が言うにはあんまりにも人間に構造が似てるんで、怒って標本を焼却炉に投げ捨てたらしい」

 「人体への冒涜ってやつだな」


 コートの男、様仲要人が話を続けた。


 「アイツらの鎧は凄いんだ。焼却炉に投げ入れられた後の十秒間、ちょっとした真空が出来た。そのせいで対策本部は壊滅し、俺らだけが残ったわけだ」

 「俺は化物ってよりはどこかの国の特殊部隊なんじゃないかと思ってる。そもそも、アイツらは名前があるようだし」



 単語が羅列されているだけに思えるほど、突拍子のない会話だった。兄弟は鉄筋から三度手順を踏み、降りた。手頃な男を使って腕の鈍りを確かめ、彼らは今回の仕事は苦労するだろうということを知った。





 生首の前で蒸す煙草も情緒があって良いものかも知れない、と田島は少し思った。戦場で煙草を吸っている兵士の画像をwebで見たことがあるが、なんとも言えない雰囲気があった。この状況はそれと良く似ている。


 「通報しておくかぁ….」


 面倒な事は結構だった。ただでさえ勤務態度のせいで厄介なこととなっているのに、なんで知らないおっさんの死体に関わらなければいけないんだ? ガキ共は書店に篭りきりだ。気管に煙が入り込んで少し咳をした。様々な含みのある咳だった。


 「ラッキーストライクか」

 「ん、そうだが」


 ソフトハットを被った髭面の男が話しかけて来た。歴史の教科書に出ていても違和感のない整った軍人面をしている。チェ•ゲバラとスターリンを足して割ったらこうなるかもな。


 「電子タバコを吸え、公害にならない」

 「生徒からの評判が乏しいのでね、俺にはこっちの方が似合ってる。それで、用は?」

 「お前と、中の三人は化物殺しを手伝ってもらう」

 「化物」


 ソフトハットの男は荒い口調で返答した。


 「中世時代の騎士だ。化物と言ってもいいだろう」

 「何を言ってるのか」

 「説明を得意としていない」

 「こいつはお前が殺したのか?」

 「ああ」

 「化物か?」

 「いや」

 「精神科に通院した方が良さそうだな、警察ついでに連絡してやろう」


 書店に目を向ける、店員が十字軍風の騎士になっていた。男は書店に入り、騎士に向かって本を手当たり次第に投げつけた。騎士は緩慢な動きで長剣を振り本を斬りつける。三人は外へ駆け出してきた。

 

 男は棚に長剣を叩きつけさせ、抜けにくくなったことを確認し、鎧の下腹部をしゃがんで両腕で持ち上げて、タックルのような体勢で地面に押しつけた。騎士の腰に掛けられた布製のホルダーから丸鋸が二つ並べて付けられている棒が見えた。騎士はそれを仰向けで抑えられている状態のまま取り、男の手首を浅く切りつけた。男は片腕を離す、ガントレットが男の頬骨を叩きつけた。コートを着た男が店内に入り、騎士へのしかかって地面に引き戻し、兜と首の間の隙間へ点滅するものを押し込んだ。騎士はコートの男の首を掴んで平積み用の棚に頭を投げた。騎士は長剣を引き抜き、脳震盪を起こしたコートの男に近づいて右脚の足首を突き刺す。騎士が爆発した。


 二人の男は飛び散る肉と金属を手を使って防ぐ。ソフトハットの男はコートの男の手を掴んで引き起こし、カウンターに寄りかかった。ソフトハットの男はこちらを見て言う。


 「化物だろ?」


 その通りだった。




 二人の男はソフトハットが様仲派也、コートが要人と名乗った。兄弟だそうだ。釜井は田中のシャツの裾を引っ張っている。佐間はそれを見て少し唇をひくつかせた。色恋模様ってやつだな。


 「このスーパーだけ中世ヨーロッパになるということだ。騎士が俺たちを殺そうとしてくる、なるべく接敵しないように、背後から襲え」

 

 派也が軍用ジャケットの無数あるポケットから二十個程円形の物体を出した。


 「さっき例を見せただろ。取っ組み合って押し倒したら隙間に捩じ込め」

 「重心を考えて動けよ、奴らは事を派手にしたくないのか銃を使わない。障害物に当たらせろ」


 足首を斬られた要人は書店の倉庫にあった梱包用のガムテープで無理矢理皮膚を繋げていた。その上から引きちぎったコートの裾を巻き付けて圧迫している。


 「私らにもやらせるんですか?」

 釜井がうわずった声を出した。


 「やるしかない、首の餌に食いつきやがったのはお前らだろ。逃げれば良かっただろうに、少なくとも、俺たち二人は人手が多い方が良いと思っている。今逃げたら足の腱を捻じ切り、奴らの餌になって貰うしかない」

 「この小型の爆弾はよくわからんが高性能だ。真空やらなんやらを無視して奴らをレプリカのトイフィギュアにしてくれる」


 田中が眼を輝かせた。釜井はその様子をじっと見ている。佐間が様仲兄弟から距離を置いた。派也は四人に爆弾を手渡した。佐間には半ば無理矢理に。騎士が持っていた長剣を手に取ってみる、2キロ程度か、煙草よりは重い。


 「全部で5体、死んだ奴が一人だからあと4体だ」


 俺は歩き始めた。派也達が見せた動きに惹かれていた。煙草のことが頭から消えていった。男の生首に誘われていた。煩わしい店内時計が鳴っている。脈と波長を合わせずに。

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