起きたら身の回りのものがメモリになってた(1)

 以前、友達に進められて観たアニメの主人公が場面転換時に放った言葉を思い出した。自分が未知の状況にいることを的確に示したいいセリフだった。


「天井。……朝か」


 僕、九空埜(くからの)希生(きお)は、人生でまだ数えるほどしか見ていない天井を視界に入れながら目を覚ました。そんなに広くはない部屋の真ん中に敷かれた布団の上で目覚めた僕はまばたきを数度。追いかけるように染み出してきた実感が僕に囁いてくる。

 ああ、そうだった。一人暮らしを始めたのだった。

 掛け布団をはねのけ、上体を起こす。左腕の時計を見た後に枕元に転がるスマートフォンを手にとってアラームを解除する。仕掛けていた6時半の二分前。二度寝はできない。起きよう。


「……ん?」


 手に持ったスマートフォン。何か普段と感覚が違う。的確に表現する言葉が出てこないが、何かが違う。強いて言えば、軽いような、スカスカのような、空洞感がある。実際に重さが変わっているわけではないけれど。


「なんだろう。これ……。何か、……入りそう?」


 口に出してみてもおかしな感覚だ。スマホに入るものなんて写真や音楽のようなデータくらいのものである。でも僕は確かに『何か入りそう』という感覚を持っていた。

 そのまま布団の周りに目を向ける。枕元にはテレビのリモコンも転がっていた。昨夜、寝るまで観ていたんだっけ。


「……入るかも」


 妙なことを口走りながら、僕はリモコンを手に取る。そして、おもむろにスマホに向かって『突っ込んで』みた。するとどうだろう。リモコンは吸い込まれるようにスマホの中に入っていったのである。

 ……入っていったのである?


「お、あ、ええ!」


 僕はスマホを放り投げて飛び上がった。今しがた眼の前で起きた超常現象が何なのか。寝ぼけていたのか。いや、確かに今、リモコンがスマホの中に入っていった!


「り、リモコン、どうしよう。消えた」


 引越し時に買ったばかりのテレビである。こんなすぐに欠損するなんて。て、それどころじゃないか。何だ。何が起きてるんだ。


「入ってったよな……」


 僕はスマホに恐る恐る触れる。指先でつついて、それから手に取る。何の変哲もない……『何か入っている』ような感覚を除けば。


「取り、出せるのかな……」


 つぶやいてみて、変なことを言っていると再び思う。それでも僕は直感的にスマホの画面に手を伸ばした。入っていったのなら、出てきてくれないかな。その程度のあやふやな気持ちであり、何の確証もなかった。だというのに僕の右手には、硬い感触があった。


「うわ」


 僕はつかんで引き抜く。右手にはリモコン。紛うことなくスマホからリモコンが出てきた。スマホには再び『何か入れられそう』な感覚を抱く。何なら右手のリモコンに対してもそんな感覚がある。

 僕はつばを飲み込んだ。寝起きの粘度の高い唾液だというのに、驚きと期待感が無理やり飲み込ませた。……できる気がするぞ。

 僕は今度は右手のリモコンにスマホをしまい込む。そしてリモコンからスマホを取り出す。……凄い! 寝ぼけているわけでも、夢を見ているわけでもない。本当にものを入れたり出したり出来ている!


「夢……夢か」


 僕はついさっきまで見ていた夢を思い出す。『ウロ』と名乗った存在が、黒い靄の塊を僕に渡してきた。『器の能力』だとか言っていた。

 察しの悪い僕でも分かる。理屈は知らないが、僕は多分その能力を得たのだ。


「モノにモノを出し入れする能力……それで器か」


 概念的には言わんとしているところも分かるものの、しっくり来ない。器というより、イメージに近いのは……。


「USBフラッシュメモリとか、そっち系だよな」


 パソコンにぶっ刺してデータを出し入れするあのフラッシュメモリだ。この能力はどうも、『身の回りのものをメモリ化する』能力らしい。

 そんな馬鹿な、と思う自分もいるが、実際にそうなのだから仕方ない。それよりも、折角の魔法みたいな力だ。

 徐々に心拍数が上がってくる。心の底がソワソワと落ち着かない。こんな感覚になるのはさっきまで見ていた夢で壁を見つけた時ぶりだ。僕は、ワクワクしていた。


「す、凄い……! これ、凄いな!」


 起きたら身の回りのものがメモリになってた。そんなことが現実に起きるだなんて!

 早速僕はスマホを左手に持ちながら、周囲を見渡した。

 広くはないものの、清潔感のある1Kの部屋。築年数はかなりのものだけどリノベーションされているのでフローリングだったりしていて、壁紙や電気、エアコン含めて真新しい。僕の立っている布団を中心に、壁に立てかけられたローテーブル、テレビ、作業用の机とホームノートPC、本棚、クッション類。壁掛けの姿見に、並んでかけてある高校の制服。

 あんまりものの多い部屋ではないけど、色々試せそうだ。

 僕は早速しゃがんで足元の布団に右手を触れた。これをスマホに入れられるだろうか。……が、感覚で分かる。スマホには布団は入らない。容量オーバーとでも言うのだろうか。逆はできそうだ。でも、見た目の容積は関係なさそうである。布団は無理でも枕は入れられそうなのだ。


「ううん……」


 それから僕は、部屋にあるものを入れたり出したりしてこの能力について調べていった。調べたことは逐次スマホのメモで記録していく。15分もそうしていただろうか。僕は一息ついて布団の上に座り込んだ。

 僕が急に得たこのメモリ化の能力。できることはシンプル。『あるモノをメモリ化して、他のモノを入れられるようにする』こと。注意点は一つ。『モノにはそれぞれ容量のようなものがあって、それを超えるモノは格納できない』こと。逆に言えば一つだけ、だ。漫画にありがちな『体力を使う』とか『精神力を使う』とかのデメリットはなさそうである。


「使いでが、無いかもな……」


 独りごちた。すでに興奮は収まっていた。

 そうなのだ。あんまり使いようがないのだ。少なくとも僕には思いつかない。忘れ物しにくくなるかもな、とか、荷物が多い時に楽そう、とか、そんな程度である。

 万引きとか、スリとか、そういった犯罪には相性が良さそうだけど、僕はそこまでワルくない。盗まれたひとの損失を無視してまで何かを得ようとは思っていない。


「空っぽだな……」


 僕はうなだれる。知っていた。僕は昔からこうだ。いつも何もないのだ。授業で将来の夢をテーマにされると困るし、部活や課外活動もしない。興味が湧かない。ゲームや漫画は嗜むけど、受動的な楽しみ方しかしない。出来ない。面白かったから何か発信しよう、とはならないのだ。

 別にそれで困っているわけではない。不幸なわけでもない。だけど僕は兎に角、何もない。


「ウロ、って言ってたっけ」


 あの夢に出てきた人物はそう名乗っていたはずだ。ウロの夢。ウロといえば漢字で虚。中身のない様を示す言葉だったか。思わず笑う。十年歩いてようやく端っこまで辿り着けるような果てもないほどだだっ広い空間に、ウロという人物。そこで得た能力はモノの中にある『空洞』を扱うもの。……なるほど。これ以上は無いというくらいにすべてが僕にぴったりだったんだな。

 僕は腕時計を見る。7時に近づいてきていた。いい時間だ。さっさとシャワーを浴びて、学校に向かわないと。

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