第29話 妹の直感

 俺と澪は歓迎会の準備をするべく近くのスーパーまで来た。妹とこうして二人で買い物なんて、久々な気がする。

 マキもついて来たがったが、あいつと一緒に出掛けると時間がかかるからな。晩飯の時間が遅れ過ぎてもアレだし、今回は家に残ってもらった。


 出掛ける前に少しだけ時間を貰い、一度寝ておくことは忘れなかった。ここで迂闊に外へ出て、もし万が一があれば取り返しがつかない。

 今から買い物に行くと言っているのに、なぜか昼寝をし始める俺を、澪はかなり訝しんでいた。そりゃそうだろうな。俺だって逆の立場なら理解不能だ。怒ってサッサと一人で行ってしまうかもしれない。


 その点、澪は優しかったと言える。催促するようなこともなく、昼寝を妨害してくることもなく、俺が起きるのを待っていてくれたのだから。


 無気力そうな顔をして、不真面目そうな発言を連発する彼女ではあるが、根は真面目で優しい良い子なんだ。

 これで彼氏ができたことがないというのは、世の男たちの見る目の無さを痛烈なまでに指し示していると言ってもいい。


 まあ、もし本当に澪が彼氏なんぞ連れて来たら、俺は時を巻き戻してでも阻止するがな。


「────お兄ちゃん、今『澪ってなんでこんな家庭的なのにモテないんだろう』って考えてる?」


 澪は豚肉のパックを手に取り、吟味しながらそんなことを言う。


「…………六割くらいは当たってる」


 相変わらず恐ろしい勘の鋭さだ。何を考えていてもすぐに読まれる。これじゃ迂闊に脳内でふざけた替え歌を作ることもできない。


「じゃあ答えてあげるけどね。顔の問題だよ」

「顔? おいおい、澪は充分可愛いだろ」

「そういうこと真顔で言うとシスコンだと思われるよ?」


 うぐ……それは嫌だな。モテない男の要素ランキング、堂々の第一位マザコンに次いで第二位に位置するところのシスコンの称号は、大変に不名誉だ。


「けど、シスコンっていうのは家族を大切にしてるってことだよな。そう悪く言われるようなことでもないような気がするんだ。澪が俺にとって一番大切な存在であることは揺るがない事実であるわけだし」

「あたしを口説いてる? 妹に欲情でもしてるの?」

「するわけないだろ。してたらもっとぎこちない喋り方になってる」

「なるほど、それは一理ある」


 納得しちゃったよ。くそう、俺が気になっている女子の前では挙動不審になる童貞感丸出しの男だってことがなぜバレている。


「第一さ、あたしらって兄妹なんだから、顔の構成要素はほとんど同じだと思うんだよ。それを可愛いっていうのは、半分くらい自画自賛なんじゃないの?」

「え? それは暴論だろ。兄はブサイクだけど、妹は可愛いって事例はいくらでもあるぞ」

「人によってはそうかもね。でも、あたしらは似てるでしょ? それこそ、初めて会う人にも兄妹だって簡単に見破られるぐらい」


 隣に澪がいたわけでもないのに、澪の同級生から、澪のお兄ちゃんだと見破られた経験が何度かある。

 自分ではそうは思わないのだが、俺たちはそれぐらい似ているらしい。澪の可愛い顔と俺の顔面の造りが似ているだなんて、そんなことあるはずないのになぁ。


「せっかくなら学力とか、運動神経も似てくれたら良かったのになぁ~」

「それに関しては産まれつきのものじゃないからな……」

「うん、知ってる。お兄ちゃんは努力家で、あたしは怠け者。そこだけは明確に対極なんだよね。あたしたち」

「そうか? お前だって色々頑張ってるだろ」


 怠惰そうに見えるというだけで、そうではないということを俺は知っている。今日だって、俺が突然連れて来た見知らぬ少女相手に、わざわざ料理を振舞い、歓迎会までしようというのだから、ちっとも怠けてなんかいない。


「いやぁ~そうでもないっていうかさぁ。ホント、いつからだっけ? お兄ちゃんがそんなに頑張り出したのって。中学入ったぐらいから? なんかその時から置いて行かれっぱなしな気がするんだよねぇ」

「……目標ができたからな。それのためなら頑張れた」

「モテたいモテたいってずっと言ってたもんねぇ。あたしとしては、それだけじゃないんだろうなって気はしてるけど」


 澪は、マキのことを何も知らない。両親だってそうだ。俺が当時、毎日のようにどこかへ出掛けていたことは知っていても、それが病院だということまでは知らないはず。


「ひょっとしてさ、あのマキって子と何か関係あるの?」


 それでも澪は勘付いてしまう。本当に恐ろしくて、厄介な相手だ。これは直感が鋭いというより、人生の大半を共にしてきた兄妹だからこそわかることなのかもしれない。


「変な話だよね。お兄ちゃんが勉強とか、スポーツとか頑張り始めた頃なんて、あの子はまだ小学校入りたてぐらいだろうし、接点があったとは思えない。でも、二人を見てるとどうも昔からの知り合いって感じがしてさ」

「そ、そうか?」

「そうだよ。長年の友人? 幼馴染? っていうかさ」

「へ、へぇ~そ、そうみえるんだぁ~」

「けど、本物じゃないって感じもするかな」

「うぐっ」


 まさかこいつ、マキが人間じゃないってとこまで勘付いてる? おいおいそれはもう勘が良いの次元を超えてるぞ……⁉


「偽物ってほどでもないんだけど。本物に限りなく近い模造っていうか……」

「あ! あぁ~あああ! おう、それな! わかるわかる。じゃ、俺、ちょっとお菓子売り場見て来るよ。あいつお菓子好きだから」


 どう答えていいか困った俺は、あろうことか強引に誤魔化して足早にその場を離れた。


「いや、買うのは晩ご飯────」


 背後から至極真っ当な指摘が飛んでくるが、気にせず逃げる。澪に隠し事をするのは難しい。もしバレたくないことがあるのなら、逃走あるのみだ。


 それにしても、これでは後ろめたいことがあると自白しているも同然だな。せっかくマキの滞在を認めてもらえたんだから、余計なことを言って状況を悪くしたくないとはいえ……ちょっと無理矢理すぎたか。


「はぁ……やっぱ何か言い訳は考えておくべきだよなぁ」


 澪が俺に気を遣って聞かないでおいてくれているだけで、マキが謎の少女であることに変わりはない。

 澪は多分、俺が自主的に説明してくれるのを待ってるんだ。兄として、きっちりその責任は果たしてやりたいんだが……。


「どうしたもんかな……もういっそ、幽霊のことを正直に話すか?」

「────それはやめた方がいいよ」


 お菓子売り場で頭を抱えていると、横にいた客が俺の独り言に割り込んできた。


「霊の存在なんて、知らない方がいい。知って得なことなんて有りはしないよ」


 買い物カゴ一杯にこれでもかとポテトチップスを詰め込み、平然とした顔で買い物を楽しむ牛見が、そこにはいた。

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