第28話 逆転の発想

「ふぅ、案外なんとかなったね」


 澪が料理をするためにキッチンへと向かったことで、落ち着きを取り戻したらしいマキが、俺の耳元でこそっとそう呟く。


「澪が変わり者なだけだと思うけどなぁ」


 しかしあれで、普通に学校には友達がいるらしいのだ。となると社交性は俺より高いと言えるわけで、変わり者なのは俺の方なのかもしれない。


「でもこれで、住む場所も確保できたことだし、本格的に活動開始できるよ」

「そうだな。まずは……何からやる?」


 問題点がありすぎて、何をどうしていいのかもわからない。ここは一度、俺の抱える目的と課題を整理しておくか。


 まず、俺はモテたい。彼女が欲しい。これは最大の目的だ。そしてそのために解決しなければならないのが、告白リセット現象である。

 告白される度にリセットされるのでは、いつまで経っても付き合えない。これはマキの願いが現実になったものかもしれないという仮説は立っているが、具体的なことはまだ何もわかっていないため、どうすれば解決できるのかも不明だ。


 問題はまだある。俺が彼女を作るためには……というより、安全で快適な学校生活を取り戻すためには、ストーカーの真殿夏海と変態の牛見つみれをなんとかしなくてはならない。

 手っ取り早い解決策は、俺を諦めてもらうことだよな。しかしどれだけ拒絶しようとも、あの二人はそう簡単に折れそうにない。

 人から愛される──それも美少女から愛されるなんて、この上ないほど幸福なことではあると思うが、あそこまでいくともはや呪いの類だ。俺には、あの二人の気持ちに向き合う度胸がない。


 目下解決せねばならない問題となるとこの二つだな。どちらも一筋縄ではいかなさそうだが、マキの力を借りつつ何とかしていこう。


「────ふと、思ったんだけどさ。その告白リセット現象って、渉が誰かに告白した場合には発動するの?」


 マキの何気ない呟きに、今まで組み立てていた理屈が根底から吹きとばされたかのような感覚に襲われる。


「それは……盲点だった」


 告白されれば時間が巻き戻り、直前に睡眠から覚醒した時点まで飛ばされる。では逆に俺から告白した場合は? 同じような現象が起きるとは限らない。

 リセット現象が、俺に彼女を作らせないためにあるのなら、どちらにせよリセットは発生するのかもしれないが、何事もなくそのまま時が流れる可能性もある。


「そうか、それならリセットを乗り越えられるかもしれない。方法としてはシンプルだけど、だからこそ可能性はある……!」

「まあ、渉に誰かに告白できるような度胸があればだけど」

「…………お前、そこは……ほら、流石に俺も……男を見せるって」

「本当に?」


 マキは俺に顔を寄せ、瞳の奥を覗き込んでくる。そこまで詰め寄られると、段々自信がなくなってきた。


「多分……大丈夫。俺だってやる時はやるよ。……告白する相手さえいれば」


 この方法の欠点は、試してみるということができない点だな。まさか実験のためだけに好きでもない相手に告白するわけにもいかない。

 真殿の本性に気づく前にこの方法に気づいていれば、自分から告白していた可能性もあったけど……もうそんな気にはなれないな。


「ならまずは相手を見つけるところから始める? 私、半端な人連れて来たら認めないからね?」

「なんでお前に許可取らなくちゃいけないんだよ。お前は俺の親か?」

「言ったでしょ。渉には私の分も幸せになってもらわないと困るの。ただでさえなんか変な女に好かれやすいタイプみたいだし? 私がちゃんと見極めてあげるから安心して?」

「…………まあ、この話は後回しにしよう。今は気になる人とかもいないし」


 正確にはいたけど、それどころではなくなったというか。いくら容姿端麗、頭脳明晰、品行方正、完璧超人の超絶美少女だとしても、あんな一面を知ってしまえば幻滅もするというものだ。

 しかも、俺があの部屋を見ても彼女は動揺すらしなかった。それどころか、秘密を暴かれたことを喜んでいたようにも見える。


 俺があの事実を皆に公表すれば、間違いなく真殿の評判は地に落ちる。それが怖くないとでもいうのか?

 俺が誰にも言わないと信じている……いや、バレたらバレたで別にいいと思っているのか。自分の評判なんてものに大して価値を感じてなさそうだからな。

 全く理解できない感性だ。こっちは毎日、自分の情けない本質を取り繕うのに必死だってのに。


「────はい、晩ご飯できましたよ~」


 澪が近づいてきたので、自然と会話が中断する。俺たちが急に静かになったのを気にする様子もなく、澪は机の上に野菜炒めの乗った皿を置いた。


「じゃーん、おいしそうでしょう? 実際は美味しくないんだけどね。でも見た目だけ美味しそうにしとけば、お兄ちゃんみたいな馬鹿舌は満足するんだよ」

「俺に聞こえるように言うなよ……」


 澪の料理は美味い……と思ってたんだけど、違うの? 俺、騙されてた?


「ほら、たくさん食べていいよ。空腹なお兄ちゃんに見せつけながら食べな。羨ましそうに見つめる人の目の前で食べるご飯は最高だよ」

「いつにも増してウキウキしてるなぁ」


 澪が楽しそうでお兄ちゃんも嬉しいよ。ただ、お前のお兄ちゃんはそんなにメンタルが強くないんだから、あんまりいじめないであげてほしい。


「ねえ、ちょっと」


 マキは俺の袖を掴んで引っ張り、耳を自分の口もとに寄せて囁く。


「どうしよう。私、生きてないからご飯なんて食べられないんだけど」

「……それ、早く言えよ」

「言い出すタイミングがなくってさ」


 机を挟んだ向かい側には、初めて来客に料理を振舞い、表情は変わらないもののややテンションの上がっている澪がいる。

 マキが自分の料理に口をつけるのを今か今かと待っている。こういうところは歳相応の女の子らしい。


「ちなみに、食べたらどうなる?」

「消化も吸収もできないから……多分そのままだよ。そのままの状態でお腹の中に溜まっていく感じ。後で吐き出さないといけなくなると思う」

「それは……ヤバいな」


 絵面的にもヤバいし、食べ物を粗末にするのもよくない。それに食べなくてもいいというなら、俺が我慢する意味がなくなる。


「どうしたの? 野菜は嫌いだった?」


 長年一緒に暮らしている俺だからこそ気づく程度の微細な変化ではあるが、澪の眉が悲しそうに下がっている。


 そうだよな。気合入れて作った料理になかなか手を付けてもらえなければ、不安になるに決まってるよな。


 妹を悲しませるようなことがあってはならない。ここは兄として、マキの事情も汲みつつ、澪も傷つけないように────


「えーっと、澪。マキはだな……」

「お兄ちゃん! スーパー行くよ‼」

「へっ?」


 突然立ち上がった澪に驚いて、素っ頓狂な声が出た。


「お客さん相手に、これじゃ駄目だよね。うん。節約なんてしてる場合じゃない。ここは奮発すべき時だよ。お兄ちゃん」

「うぇ……お、おう?」

「せっかくなら美味しい物食べて欲しいしね。しばらく泊ってくっていうなら、今日は歓迎パーティーに変更しよう! はい、決まり! 異論があればはいどうぞ! よし、ないね! じゃあレッツゴー‼」


 ……どうやら心配するまでもなかったらしい。うちの妹は前向きで、切り替えが早い。羨ましい限りだ。


 ただ、マキが料理を食べないのは味や質の問題ではないのだが……。

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