第26話 もしかして誘拐?

 見るものすべてに興味を示し、いちいち大興奮して俺を質問攻めにしてくるマキをなんとか引きずって、通常の五倍以上の時間をかけながら自宅へと辿り着いた。


 いつ見てもボロいアパートだ。二階建てで、築五十年以上経っているはずのこの建物は、ベランダに干された洗濯物さえなければ、廃墟にしか見えない。

 外壁にはツタが絡まっているし、外付けの階段は踏むと今にも死にそうな悲鳴を上げる。まさしく幽霊でも出そうな雰囲気だ。


 不安になるほど安い家賃と、不安になるほど静かな隣人だけが取り柄の我が家に本日、人生初めて女の子を招待する運びとなったわけだが。


「さて、家に入る前に言い訳を考えておこう」


 男子高校生が女子小学生を家に上げても問題ない大義名分を用意しなくては、俺が社会的に死んでしまう。

 実際にはマキは女子小学生ではなく幽霊だし、墓場に置き去りにするわけにもいかないので仕方なく保護するだけだが、そんなことを家族に正直に説明する訳にもいかないからな。適当な言い訳が必要だ。


「何か良いアイデアはあるか?」

「そうだねぇ……真剣に交際してることにしたら?」

「何の解決にもなってない⁉」


 それなら幽霊だって馬鹿正直に伝えた方がいくらかマシだ。頭がおかしいと思われるだろうが、ロリコンだと思われるのよりはダメージが少ない。


「だったら親戚の子って紹介すれば? 親戚なら、家に泊めたりすることもあるんだよね?」

「あるにはあるけど、家族に紹介するんだぞ? 俺の親戚なら、皆の親戚なんだから知らないのはおかしいだろ」

「じゃあもう普通に友達って言えば?」

「それは事実ではあるんだけど……今は五年分の年齢差があるからなぁ」


 もしマキが死んでいる間も成長していて、女子高校生の姿になっていたら、話はもう少し単純だったろう。それこそ、真剣交際していると言っても別に変な目で見られることはなかったんだ。


「どうもお前からは名案が聞けそうにないな」

「悪かったね、世間知らずで」

「と言っても、俺にもアイデアはないんだが……」


 腕を組み、首を捻り、頭を回転させるも、これといって良案は浮かばない。そもそも存在しない答えを探しているのではないかという気さえしてくる。


「あ、じゃあこれはどう?」


 マキは何か閃いたようでピンと人差し指を立て、そのまま硬直した。


「…………?」


 瞬き一つせず、時が止まったみたいに微動だにしない。その状態で五秒、十秒と時が過ぎていく。


「……何してんの?」

「人形のフリ。私をただの人形ってことにすれば、部屋に置いておいても怪しまれないんじゃない?」

「おお……なるほど……っていやいや、それは駄目だろ」

「なんで? 人形なら別にいいんじゃないの?」

「お前なぁ……こんな精巧な女の子の人形を家に置いてる男がいたらどうよ。独り暮らしならともかく、家族も一緒に住んでる家だぞ? 下手したら本物の人間を連れ込むより変態度高いぞ!」

「えぇ……完璧な作戦だと思ったのに。難しいなぁ」


 マキはガックリ肩を落とし、嘆息する。


 それにしても、今のは焦ったな。まるで本当に魂が抜けて、ただの人形になってしまったかのようだった。

 動いて、喋っているから人間っぽく見えているだけで、あんな風に真剣に固まられると無機物感というか、非生物感が浮き彫りになる。

 どれだけ精巧にできていたとしても、やはり今の彼女の体は仮初めのものでしかないんだ。あまりにも生前の彼女と変わりがないから、時々勘違いしそうになる。


「ってか、渉は細かい注文が多いんだよねぇ。堂々と紹介するとか言ってたのに、結局直前になってなよなよし始めるんだから」

「だ……だって仕方ないだろ⁉ 俺だってお前を家に泊めてあげたいけど、上手く言い訳しないと家族を説得できないんだから」

「そこはもっとガツンとさ。男気溢れる演説で説得してよ」

「そんな無茶な……」


 こうして家の前まで来ておきながら、長時間立ち往生させている現状については申し訳なく思っている。

 だが、かといって気合や勢いでどうこうなる問題でもない。ここはもっと慎重に行動しないと……って、こういうのが男らしくないってことなのかなぁ。


「うーん……時には思い切って行動するのも大事か?」

「────何を思い切ったって?」

「だから、それは────」


 つい反射的に返事をしてしまいそうになったが、今のはマキの声じゃなかった。慌てて振り向くと、そこには毎日のように突き合わせている顔があった。


「よっす。何、その子? あ、もしかして誘拐?」


 そこには軽い調子で兄の大罪を疑う我が妹────時谷ときやみおが両手に買い物袋を持って立っていた。

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