第25話 始めての世界

「────そろそろセーブポイントを更新しておきたい」


 十二歳の女児に向かって、地面に這いつくばりながらひたすら平謝りした後、俺はこれからの方針について語る。

 上手く牛見の屋敷から抜け出し、手に入れたお札を使ってマキを復活させることにも成功した今、万が一にもリセットなんてされようものなら発狂しそうだ。


 ゲームをする時も、俺はこまめにセーブする派なんだ。念入りに二回連続でセーブする時もある。絶対大丈夫だとわかっていても、どうしてもソワソワしてしまう。


「うん、そうだね。色々あったみたいだし、その辺の事情も聞いておきたい。というわけで、渉の家に行こっか」

「……俺の家?」

「寝たり、落ち着いて話をしたりするなら、家が一番でしょ? それとも渉は、このまま墓場で寝て、墓場で喋りたいの?」

「い、いや、それは……ちょっと」


 流石の俺も墓場で安眠できる気はしないな。これ以上下手に目立つのも困るし、いずれにせよ場所は変えた方が良さそうだ。


「でも、俺の家? 俺の家かぁ……」

「何? 何か問題でもあるの?」

「お前なぁ、考えてもみろ。俺がお前を家に連れ込むというのがどういうことか。男子高校生の俺が、女子小学生を家に連れ込むんだぞ?」

「そこ、気にする? さっきは胸揉んでたじゃん」

「あれはセーフだろ」

「基準おかしくない?」


 一番の懸念点は、家族に会わざるを得ないということかな。俺の家は決して広くない。というか普通に狭い。

 牛見家ぐらい広ければ、家族の目を掻い潜って誰かを招待することもできるのかもしれないが、うちでは不可能だ。


「親にバレるのもマズいし、何より妹にバレるのがマズい。最悪の場合、俺の家庭内での地位が崩壊する」

「気にすることないよ。それぐらい」

「お前……他人事だと思って適当なことを……」

「でもさ、渉が家に入れてくれないなら、私は今後どこで寝泊まりすればいいの?」

「……寝泊まり?」

「まさか、今までみたいに墓場で過ごせとでも言うつもり? 今の私は霊感のない人にも普通に見えてるんだよ?」


 女子小学生を家に入れたらマズいのと同様、女子小学生を墓場に放置するのも色々とマズい。しかもただの女子小学生ではなく、五年前に死んだ女子小学生だ。

 誰かに見つかれば、大騒動に発展することは必至。警察を呼ばれたり、あるいは霊媒師を呼ばれたりと大騒ぎになって、俺への協力どころではなくなるだろう。


「私を復活させたからにはさ。責任を取らなきゃいけないんじゃない?」


 マキは上目遣いで、試すように俺を見つめる。


「ペットを拾ったからには、最後まで面倒をみましょう的な?」

「ペットに例えられるのは納得いかないけど、まあ概ねそんな感じ。幽霊に肉体を与えたなら、ちゃんと面倒はみないとね」

「うぐ……わかった。わかったよ……仕方ないな……」


 押し切られる形で、俺は渋々了承した。しかし考えてみれば、俺はマキにお願いして力を貸してもらっている立場だ。それなら住む場所ぐらいこっちで準備するのは当然の義務か。


 親しき中にも礼儀あり。いくら彼女が幼馴染で、そして既に死んでいるのだとしても、都合よく利用するだけ利用して、後は放置なんてことが許されるはずもない。


「この際だ。腹を括って、堂々と招待するよ。コソコソ家に上げて、肩身の狭い思いをさせるのも申し訳ないからな。家族にもちゃんと紹介する。ただし、幽霊ってとこだけは適当な言い訳を考えよう」

「そうだね。そこは口裏合わせるから安心して」


 力強く頷いたマキではあったが、その表情はどこか不安げで、落ち着きがないように見える。


「はぁ……緊張するなぁ」

「緊張? 俺の家なんて本当に大したことないぞ? そう期待されても困る」

「そうじゃなくってさ。私、街に出るのって初めてなんだよね」


 産まれてからずっと病院暮らしで、死んでからは墓場に閉じ込められていたマキは自分の足で街に繰り出したことがない。

 だから彼女は生前、毎日のように脱走を企てていた。ゲームセンターに行きたいとか、動物園に行きたいとか、遊園地に行きたいとか、学校へ行きたいとか、そういう話を幾度となく聞いた。


 彼女にとって俺は、外との繋がりを唯一感じられる存在だったのだろう。会うたびに根掘り葉掘り色々聞かれたことを覚えている。

 俺は学校に馴染めていなかった上に、極度のインドア派だったので、あんまり望む話をしてやれなかったかもしれないが、そんな俺のつまらない話でも楽しめてしまうくらい、彼女は何も知らなかった。


「……そっか。じゃあこれからは色々見て回ろう」

「いいの?」

「もちろん。行きたいところは山ほどあるだろ? 俺の相談に乗ってくれたお礼ってことで。一緒に行こうな」


 マキは目を輝かせ、弾けるような笑顔を見せる。


 本当は幽霊を連れてその辺をウロウロするなんて絶対アウトなんだろうけど、これぐらい許されたっていいはずだ。

 もし何かマズイことになったとしたら…………まあ……その時のことは、その時考えることにしよう。

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