第22話 それ、私のせいだから

 とりあえず監禁されることはなく、普通に解放してもらえた。真殿には牛見と違って良識がある。逆に言えば涼しい顔して狂ってるんだ。

 それなら、顔を真っ赤にして迫って来た牛見の方がまだ人間味があったと言えるのかもしれない。


 どっちも異常だってことに変わりはないけどな。どっちがマシかって話も不毛過ぎて考える気にもならない。


「────もう俺に頼れるのはお前しかいない! 頼む! 助けてくれぇ!」


 昼間っから、制服姿で墓場に足を運んでは、墓石を抱いてわんわん泣き喚く男の姿があった。我ながら何と情けないことか。


 でも、考えてみてほしい。俺は今日一日で、隣の席の女子に誘拐され、学校一の美少女に助けられ、その美少女が性癖の歪んだストーカーであると知り、さらに他にも何か秘密を持っていて、徐々に教えていくから覚悟しろと言われたんだ。


 これ全て一日の出来事だぞ? もっと言えば一日どころじゃない。半日にも満たない数時間で起こったことだ。


 こんなもん、大の大人だろうが、屈強な男だろうが号泣だぞ。一生引きずるトラウマだ。女性不信になったっておかしくない。


 それでもまだ、俺には辛うじて希望が残されている。俺がこの世で最も信頼している人物──いや、死んでるからあの世か? あの世で最も信頼していると言うべきなのか?

 まあいいや。とにかく、俺にとってマキ以上に頼りになる人なんていない。マキさえいれば大抵のことはどうにかできそうな気さえしてくる。


「……あれ? 出てこないな」


 墓の前でどれだけ叫んでも、マキが姿を見せる気配はない。墓石は墓石らしく静まり返ったままだ。

 その代わり、周りからひそひそと声が聞こえてくる。俺を指差して、不審そうに噂する声だ。

 昨日と違って、この時間帯だと他にも墓参りに来ている人がいるからな。墓に縋りついてる人がいれば、悪目立ちするのは当然か……。


「時間帯……? あ、そうだ! 時間だ!」


 慌てていてすっかり忘れていたが、もう一度マキと話すには前回と同じ条件でなければいけないんだったか。

 時間は……どうだろう。午後八時くらいだったかな? それとケーキをお供え物として持ってきて、ロウソクを立てた。そうすることによって、俺は死んだはずのマキともう一度会話することができたんだ。


 時刻は午後二時。まだまだ日の高い時間帯だ。周りに人目もあるし、確かに幽霊が出るような雰囲気ではないな。


「でもそこをなんとか! 出て来てくれよ! あと六時間も待てないって!」


 俺は再び墓石に縋りつき、ぎゃーぎゃーと喚き散らす。いよいよ周りの俺を見る目が険しくなってきて、もうそろそろ警察を呼ばれそうな雰囲気だった。


『────ちょっとちょっと! お墓では静かにしなきゃ駄目でしょ!』


 世間体を全力でかなぐり捨てて、一生ものの恥を晒し続ける俺を咎める声が聞こえてくる。


「この声……マキか!」

『あ、あれ? これ聞こえてるの? おかしいな……まだ昼間なのに』


 声はハッキリ聞こえるのだが、姿が見えない。


「おい、どこにいるんだ? 何も見えないぞ?」

『この時間じゃ、幽霊の力はかなり弱まってるからね。姿が見えないのは当然。というか、声も聞こえないはずなんだけど……ひょっとして、霊感強くなった?』

「さあ? そもそも霊感ってそんな簡単に強くなったり弱くなったりするものなのかよ」

『するらしいよ? その辺、私もあんまり詳しくないんだけどさ。体に宿った霊的エネルギーの総量で決まるらしいから、霊的エネルギーを流し込まれれば霊感は強くなるし、逆に放出すれば弱くなる』

「ふぅん……そんなことより、助けてくれ!」

『そんなことって……割と大事な話をしたと思うんだけどなぁ』

「お前だけが頼りなんだ! 俺にはお前しかいない!」


 どこにいるのかわからないので、ちゃんとマキの方向を向けているのかすら定かではないが、俺は同棲中の彼女にパチンコ代をせびるヒモ男みたいな必死さで頼み込んだ。

 ……いや、我ながら本当に情けない……もういっそ笑ってくれ。蔑んでくれ。これが五年間もモテ男になるべく奮闘し続けた男の末路なのだ。

 せっかくモテ期が来たと思ったら、迫ってくるのはヤバイ女ばかりで、自分でもちょっと悲しくなってきた。


『……もう、立派になったと思ったのになぁ。わかってるの? 私しかいないって言うけど、私はもういないんだよ? 一応私、ここから渉を見守ってるだけの幽霊なんだからね?』

「ああ、だからお札は用意した」


 俺は牛見家からかっぱらってきたお札を見せる。と言っても、どっちにいるかわからないので、どっちに見せればいいかもよくわからないのだが。


『もう用意したの? 困ってそうだったけど、やることはちゃんとやってるんだね』

「本当にこれが、お前の言ってたお札なのかどうかはわからないけどな」

『いいや、それであってるよ。間違いない。それを、お墓に備えてくれる? あとはこっちでやるから』


 言われた通り、お札を墓の前に置く。すると、ホタルのような淡い光が徐々にお札の周りに集まり始め、やがて目も眩むような光となっていく。


「お、おい、なんだこれ⁉」

『慌てない。慌てない。霊感ない人には、この光も見えてないから。それより、もうちょっと下がってくれる?』


 光はさらに勢いを増し、膨張して人の形になっていく。俺はその眩しさに耐えられなくなって目を閉じた。


「────じゃーん、マキちゃん復活! いぇーい」


 光が収まり、薄っすらと目を開けると、そこにはマキが立っていた。半透明でもなければ、おどろおどろしい雰囲気でもない。ハッキリと、形を持った、五年前の姿のままの彼女だ。


「う、うおぉぉ……マジかよ。本当に……お前……」

「驚いてるところ悪いんだけど、私、渉に謝っておかないといけないことがあるんだよね」


 どういう原理なんだとか、さっきの光はなんだとか、俺がそういう当たり障りのないリアクションを取るよりも早く、マキは出来立てほやほやの口を開いて語る。


「渉がリセット現象って呼んでるやつ。それ、私のせいだから」

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