第8話 セーブポイント
モテるために様々な努力を積み重ねてきた俺ではあるが、出来ないことも多い。真殿と違って、完璧というわけではないのだ。
その内の一つがトークスキル。あるいはコミュニケーション能力というか、会話を盛り上げて、円滑に進めるテクニックに乏しい。
小学生の時までは友達と呼べるような相手が一人しかおらず、交友関係が狭かったので、そういう能力が全く育たなかったのだ。これを改善しようと思うと結構難しく未だ苦戦中である。
真殿の気持ちを探るためにこうして昼飯に誘った俺だが、ここで新たな問題が発生していることに気がついた。
そう、ここでボロボロなトークスキルを披露することによって、幻滅されてしまうかもしれないという問題である。
俺は人と話すのがあまり上手くない。こうして話をしたことで真殿の俺に対する気持ちが冷めていないということは確認できたが、今から嫌われる可能性だってないわけではない。
俺と真殿はあまり会話をしたことがない。つまり、俺のコミュニケーション能力をまだ彼女には知られていない。
それが今、ここで明かされることになるわけだ。その結果がどう転ぶかは誰にも予測できない。
────が、結果から言えばその心配は不要だった。
「それだけの運動神経があって、一度も部活動をしたことがないんですか? では一体どうやって鍛えているんです?」
「基本的には毎朝三十分のジョギングと、夕方の筋トレかな。球技に関しては、体育でやるって聞いたら直前に練習することもあるよ」
俺たちの会話は想像以上に盛り上がった。と言っても、ここにきて俺のトークスキルが覚醒したわけではなく、真殿が上手く俺の少ない手札を引っ張り出してくれるのだ。
話し上手は聞き上手とはよく言ったもので、彼女は自分で会話を広げるのも、俺に話題を振るのも抜群に上手い。
この話術があれば、例え容姿に優れていなかったとしても、今とさほど遜色ないほどの人望を集めていたことだろう。
本当に彼女は何から何まで隙がないんだなと再確認した。しかしそうなるとなおさら俺に惚れている理由が謎なんだが……ここはそうネガティブにならず、単純に今までの努力が実を結んだのだと思っておくか。
「なるほど、だからその引き締まった肉体を維持できているのですね。私もジョギングはしているのですが、毎日継続するのがなかなか難しくて……どうしたらいいと思いますか?」
「そうだなぁ、誰かに管理してもらうのが一番手っ取り早いんじゃない? ジョギングの距離と時間をノートに記録して、それを人に見せるようにするとか。そうすればサボれなくなるでしょ」
「………………誰かに管理ですか。ふぅん……ちなみに時谷君は誰に管理を頼んでいるんですか?」
「え? ああいや、例として挙げてみただけで、実際俺がこういう方法を取っているわけではないよ」
「………………なるほど。そうですか」
モテたいから頑張れるなんて、正直に言ったらダサすぎるしな。ここは適当に思いついた方法を伝えて誤魔化した。
真殿の沈黙の時間がやけに長かったのが気になるが、俺は別におかしなことを言ったわけじゃないよな?
うーん、ひょっとして誰かに協力を頼むやり方には否定的なのかもな。一人でやり遂げてこそ意味があるとか言いそうだし。まあ、そこら辺の考え方は人それぞれか。
「さて、食べ終わったし、そろそろ教室に戻るか」
聞きたいことは聞けたし、確認したいことは確認できた。放課後までにあんまりボロを出したくもないし、名残惜しいがそろそろ解散しておくべきだろう。
「あ、ちょ、ちょっと、待ってください」
立ち上がり、帰ろうとした俺を、真殿は慌てて呼び止めた。その顔には今まではなかった緊張の色が伺える。
「あの、実は、私から時谷君に大切なお話があるんです」
「……大切な話?」
「はい、どうしても伝えておきたいことが」
この流れ……間違いない。この短期間に何度も経験した流れだからすぐにピンときた。真殿は今から、俺に告白するつもりだ。
てっきり俺は、告白されるのだとしても前回までと同様、放課後の校舎裏だとばかり思っていた。
しかし冷静になって考えてみれば、そうとは限らない。俺の行動が前回とまるっきり違う以上、俺に告白しようとしている真殿の行動もまるっきり変わって当たり前なのだから。
ここは九条高校の裏庭。周囲に人気はなく、ここでした話を誰かに聞かれたり、二人きりで会っている姿を誰かに見られたりする心配は少ない。
条件としては、放課後の校舎裏と同じというわけだ。だったら真殿からしてみれば今告白しようが、後で告白しようが同じということになる。
せっかくなら成功率の高い状況でしたいだろうが、ならばなおさら今の方が良いという判断になるだろう。
なにせ俺は放課後に説教の予約が入っている。くどくどねちねち叱られた後に告白するか、こうして昼休みの間たっぷり話して盛り上がった雰囲気の中で告白するか、どちらがより成功率が高いのかは考えるまでもない。
「私は、あなたのことが────」
「あ! ちょっと待ってくれ‼」
俺は大声をあげて強引に、真殿の言葉を断ち切った。
牛見の時の反省を生かしてギリギリまで待ってみたが、やっぱりこの空気感は告白で間違いない。そう確信できる。
このまま告白を受ければ、また今までと同じようにリセットされてしまう。楽しく一緒に昼ご飯を食べたことも、俺の思い出の中にしか残らない。
それに、何か手を打たないと、真殿の告白は延々とリセットされ続ける。せっかくこんな良い子に好きになってもらえたのに、俺たちが結ばれる日は永久に来ない。
そんな状況を打開するための作戦を、俺は一つ考えていた。
「五分だけ待ってほしい。話はその後で聞くから」
真殿にそう伝え、俺は即座にその場で横になった。
背中に芝生の感触が伝わり、穏やかな風が頬を撫でる。暖かな日差しが全身を照らし、まるで布団の中にいるような温かみをもたらしてくれる。
俺は目を閉じ、深く息を吸った。やがてやってくる穏やかな眠気に意識を預け、ゆっくりと微睡に沈んでいく。
告白リセット現象を打開するための作戦。それはセーブポイントを告白の直前に設定することだ。
これならば何度リセットされようが、目覚めた直後に必ず告白を受けることができる。無限ループに陥ってしまう危険性も考えられるが、タイミング次第では突破口を開ける可能性だってあるだろう。
しかしセーブポイントを移動させるためには眠る必要がある。自分の意図したタイミングでそう都合よく眠れるわけもないが、今の俺は授業中に寝てしまうほど、寝不足で疲れている。五分もあれば昼寝くらい余裕だ。
あとは眠った直後に起きて、告白を受ければいいだけ……そうすれば俺も晴れて彼女持ちだ……しかも相手は真殿夏海……ふふ、ついに俺の念願が……。
「────ちょっと君、なにやってんの?」
真殿の優しく、麗しい声が俺を揺り起こす────わけではなく、耳朶を打ったのはガッサガサの低い声だ。
「下校時間はもうとっくに過ぎてるよ? 早く帰りなさい」
脇腹をつま先で小突かれて跳び起きると、すっかり日が沈んで辺りは真っ暗になっていた。
目の前にいたのは絶世の美少女……ではなく、下っ腹の出た煙草臭い警備員のおっさんだ。
「……え? 俺の告白は?」
「は? 何を言ってるんだ君は。気持ち悪い」
残念なことに俺のセーブポイントは美少女の告白イベントではなく、おっさんに蹴られるイベントで固定されてしまったらしい。
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