第7話 不釣り合いな二人

 リセットが起こったとしても、前回までの記憶を持っているのは俺だけで、他の人の行動は俺が関わらない限り変化しない────というのが俺の認識だ。


 だから前回告白してきた人間が、リセットを経てそれを取り消すというのはおかしい。ただの雑談ならともかく、告白するには相当な覚悟と勇気が必要なはずなのだから、その決断がそう簡単にひっくり返るはずはないのだ。


 なのに牛見は俺に告白してこなかった。それどころか、ハナからそんなつもりは毛頭ないというような態度だった。


 例えリセットされたとしても、セーブポイント以前の出来事がなかったことになるわけではないはず。

 一度は俺に告白してきたのなら、前からそういう気持ちがあったはずなのに、それが今回のリセット後わずか三十分足らずの間に消えたとでも言うのか。


「長々説教されてる俺を見て、恋愛感情が失せた……? リセットされた後に起こった主なイベントといえばそれぐらいしかないし、そうとしか考えられないよな……」


 だとしたら気まぐれすぎるだろ。唐突に告白してきたこともそうだけど、あいつの行動は予測不可能過ぎて混乱する。


 ……でも、先生に説教食らってるところを見て愛が失せるというのは、牛見ほどの気分屋でなくともある話か。

 だとすると真殿はどう思ったんだろう。俺のことを一年生の頃から気になってたとは言ってたけど、恋心なんて些細な出来事で簡単に冷めてしまうこともある。

 それに加え、牛見に告白されてもいないのに断りを入れ、見事に自意識過剰扱いされるという醜態も見られてしまった。


 好きだって言ってくれたのはリセット前のことだからなぁ……今回も言ってくれるかどうかなんてわからない。ってか、もうかなり絶望的なような……。


「いや、まだだ。諦めるのは早い。本人に直接確認すればいいんだ。俺に告白する気があるのかどうか」


 そうと決まれば善は急げ。俺は廊下を一人で歩いていた真殿を発見し、すぐさま声をかける。


「────よ、よう、真殿。奇遇だな」

「え、あ、は、はい。そうですね。時谷君」


 互いにぎこちない挨拶を交わし、それぞれ見当違いの方向に顔を向けながら話す。


「そ、それで、時谷君。私に何か?」


 思えば、真殿とちゃんと話すのはこれが初めてだ。今までは軽く挨拶を交わすぐらいで、二人きりで向かい合ったのもリセット前の告白の時ぐらい……つまりは一度もない。

 だからこう改まって向かい合うと何から切り出していいものかわからなくなる。俺は真殿のことを何も知らないんだと思い知らされる。


 成績優秀、容姿端麗、運動神経も抜群で、クラスの委員長を務める品行方正さも兼ね備え、字も綺麗で、声も可愛い。まさに文句のつけようもない、漫画の世界から出て来たのかというほど完璧な美少女。

 そんな彼女が一体何を考え、どんな趣味を持ち、どういう食べ物を好むのか。俺は何一つとしてわからない。


 そうだ。まずはそれを知るところから始めよう。告白を断る選択肢はないけど、それにしたってちゃんと相手と向き合うことは大切だ。

 真殿がまだ俺のことを好いてくれているかを探るのが最優先ではあるが、そのためにもまずは俺が彼女のことをもっと知らなくてはならない。


「えっと、これから昼ご飯だよな? 良かったら一緒にどうかと思って」

「え、私が、時谷君とですか? そ、それは……他にはどなたが同席するんです?」

「ん? いや、二人だけのつもりだったけど、誰か誘いたい人がいれば、呼んでもいいよ?」


 さて、まずは第一関門。廊下でそう長話もできないし、ゆっくり腰を据えて話ができる舞台を整えなくては論外だ。

 普通、好きな男から食事に誘われたら前向きに捉えるだろうし、ここで断られるようならかなり望み薄だと思った方が良い。


「いえ! 二人きりで! 私も一度、時谷君とお昼をご一緒したいと思っていたんです!」


 真殿は幸せそうに満面の笑みを浮かべ、俺の誘いを快諾した。


 思ったよりも反応が良いな……俺のことが嫌いになったってことはないらしい。ただ真殿は人望が厚く、誰にでも優しい子だからな。食事の誘いを受けてくれただけでは、その気があるのか、ただの優しさなのか判別できない。


「それは良かった。場所は……じゃあ、裏庭のベンチでどう?」

「わかりました! では、お弁当を持ってきますね」


 九条高校には裏庭と呼ばれる、風通しと日当たりの良いちょっとした公園のようなスペースがある。

 教室からやや遠いのが難点だが、そのおかげで混雑しないので、ゆっくり昼ご飯を食べるにはもってこいな場所だ。


「────嬉しいです。まさか時谷君からお誘いいただけるなんて」


 木の枝によって作られた天然の屋根の下、俺と真殿は弁当を広げる。


「それ、もしかして自分で作ってるのか?」

「はい、理由わけあって一人暮らしをしているので、食事は全部自分で用意しているんです」


 彼女の弁当箱に詰め込まれていたのは、彩り豊かな料理の数々。料理に詳しくない俺でも、この弁当が相当な手間をかけて作られていることはわかる。

 対して俺の昼食は購買で買った菓子パンと水筒の水だ。この食事に不満を持ったことなんてなかったが、こうして比較されるとなんだか惨めに思えてくる。


「あの、もしよかったら、少し交換しませんか?」

「えっ……あ、ごめん。気を遣わせた? ちょっとジロジロ見過ぎたね」

「い、いえ! そうではなくて……ただ、食べてほしいんです。私の料理を、時谷君に」


 おやおやおや? なんだこれは?


 モジモジしながら箸を意味なく閉じたり開いたりする真殿の姿は『惚れた男に料理の腕前をアピールしようとしたものの、自分で言ってから恥ずかしくなってきて照れ隠ししている少女のそれ』にしか見えない。


 思いのほか好感度は下がってないと見てよさそうだな。さっきの醜態は査定に響かなかったらしい。


「でも、俺は交換できるようなものを持ってないぞ?」

「そのパンでいいんですよ? 一口分けてもらえればそれで充分なんです」

「これでいいの? 購買のショボいパンだけど」


 購買で売っている中で一番安いこのパンは、正直、味が良いとは言えない。


 よくあるだろう。学校側と何かコネでもあるのか知らないが、質が低いのになぜか契約を切られない謎の地元企業。これはその類である。

 安さ以外に取り得の無いぼそぼそのパン。こんなものをあの真殿夏海が作った輝かしい弁当と交換するなんて、釣り合わなさ過ぎて申し訳なく思えてくる。


「時谷君が食べているものを私も食べてみたいんです。値段とか、質とか、そんなものは関係ありません。あなたが感じているものを共有して、あなたと同じ世界を見たいんです!」

「俺と同じ……?」

「あ、ご、ごめんなさい。えっと……普段……どんなものを食べてるのかなって気になって、その……好奇心というか……」


 この人はなんて素直なんだろうか。知れば知るほどかわいく思えてくる。間違って人間に混ざっちゃった天使なんじゃないの?


「まあ……こんなのでいいなら」


 そこまで言われてしまえば断る理由もない。俺はパンを一部千切って彼女に差し出した。


 ただ、やはり釣り合わなさ過ぎて申し訳なく思うのは変わらない。パンのことだけではなく、俺自身のことについてもだ。

 そもそも、これほど完璧な彼女が一体なぜ俺に告白してきたのか。他にいくらでも選択肢はありそうなものなのに。


「ありがとうございます!」


 安いパンを一口もらっただけのことで、この世のどんな男でもオトせそうな、アイドル顔負けの笑顔を弾けさせる真殿を見て、その謎はより深まってしまった。

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