第3話 二度目の告白

 俺は疲れてるのかもしれない。うん、そうだな。そうに違いない。何か変だなと思うことがあったらそういうのは大体疲労のせいだ。疲れてるんだよ、俺は。


 だからあんまり深く考えないようにしよう。変な夢を見たせいで熟睡できなかったのが全ての元凶だ。


 その後に受けた授業は全部二度目に感じたし、休み時間にクラスメイトとする会話にはほとんど聞き覚えがあったし、何もかもが記憶の通りに進むような感覚があったが、これも全部気のせいだろ。そうじゃなかったらなんだっていうんだ。


「────時谷君。ちょっといいかな?」


 授業が全て終わった放課後、そろそろ帰ろうと荷物をまとめていたところ、やけに真剣な顔をした牛見が肩を叩いてきた。


(話しかけてきた……? このタイミングで?)


 これは予想外のイベントだった。というか、今日一日起こる出来事の何もかもが予想内だったことの方がおかしいのだが、急に予想外なことをされるとそれはそれで驚く。


「別にいいけど、俺に何か用?」

「なんて言ったらいいのかな。君からはちょっと変な臭いがするんだよね」

「……え?」


 もしかして、ドストレートに悪口言われてる? 嘘だろ、体臭なんてモテ男の大敵そのものだぞ。今日は体育もなかったし、汗もかいてないはずなのに……。

 睡眠不足だと体臭が酷くなるって聞くし、原因はそれかな。疲労も溜まるし、変な夢は見せられるし、今日は本当に踏んだり蹴ったりだ。


「自分では気づかなかったんだけど……そんなに臭う?」

「うん、それはもう。朝からずっと気になってた」

「それ、もっと早く教えてくれよ……」


 今日一日悪臭撒き散らして過ごしちゃったよ。どうしよう、クラス中の女子に嗅がれちゃたよなぁ。明日から朝シャワー浴びようかな。


「もしよかったら、ちょっと調べさせてもらってもいいかな?」

「……はい?」


 俺は聞き返したつもりなんだが、それを了承の返事と捉えたのか、牛見は鞄の中から何やらごちゃごちゃと複数の道具を取り出す。

 藁人形、釘、人型のお札、ロウソク、ヒモのついた五円玉、謎の巻物、水晶玉、タロットカードなどなど……オカルトグッズが次から次へと出てくる出てくる。


「待て待て、何をするつもりだよ」

「大丈夫大丈夫、痛くしないから」

「質問の答えになってないんですけど?」

「ひょっとしたら、君には悪霊が憑りついてるかもしれないからね。ちゃんと祓っておかないと」


 うわぁ、これアレだ。霊感商法だ。俺を除霊するとか言って、何やかんややった後なんの価値もない壺とかを高額で売りつけるやつだ。

 同窓会で久しぶりに会った友達にそれをされてガッカリする……みたいな話はよく聞くが、まさか高校在学中に仕掛けてくる奴がいるとは。


「じゃあそこで座ったまま目をつむってもらえるかな?」

「あー、ちょっと待って。その前に俺から一ついい?」

「何? ああ、お金の心配ならいらないよ? 組合から出てるし」

「……そうじゃなくて、時間かかりそうだし先にトイレに行っておきたいんだけど」

「なるほど、そういうことならどうぞ」


 もちろんトイレになんか行かない。このまま帰る気満々だ。この変人をまともに相手にしてたらこっちの身が持たないからな。

 心が痛まないでもないけど、詐欺紛いの買い物に付き合わされるのも嫌だし、これは仕方のないことなんだ。


「……ところで君は、トイレに行くのにいちいち鞄を持って行くの?」


 教室を出ようとした時、冷たく沈んだ声でそんな言葉が投げかけられる。驚きすぎて、思わずギクッて口で言いそうになった。


「鞄? あー鞄ね。はいはい、鞄。────うわっ⁉ いつの間にか鞄が腕にくっついているぞ⁉ くぅ~この寂しんぼめ! 仕方ないなぁ。本当は教室に置いていくところだけど、今日は特別に一緒にトイレに連れて行ってやるぞ! じゃ、牛見! そういうことだから!」


 教室の扉を目一杯力強く閉め、俺は走って逃げた。追って来る気配はないが、牛見にはどことなく、いつの間にか正面に回り込んでいてニコニコしながら待ち伏せていそうなホラー感があるから油断できない。


 とはいえ、まさか学校一の俊足を誇るこの俺の逃げ足に追いつけるはずもない。もしそんなことが可能なら、彼女は今すぐにでも陸上選手になった方が良い。女子短距離界の歴史を塗り替えられるぞ。


「でも、隣の席だから明日もまた会うんだよな……どうしよう。また何か逃げる口実を考えておかないと」


 早い内に席替えをしてほしいところだ。今後、毎日のように謎の儀式を持ちかけられるのは流石に堪える。


「────あ、あの!」


 昇降口から出たところで、俺は大声で呼び止められた。


 一瞬、牛見が追って来たのかと思ったが、声が違う。ゆっくり振り返ってみるとそこに立っていたのは、九条高校随一の有名人だった。


「時谷君、私です。真殿夏海です。少しだけ、お話したいことがあって、ここで待っていました」


 そう言う彼女の頬は微かに紅潮しており、拳は胸の前で硬く握りしめている。


 漫画の中の鈍感主人公とは違い、俺にはわかる。これは惚れた男に告白をする時の雰囲気に間違いない!

 いや待て。待て待て待て待て待て待て。真殿から告白を受けるのは、夢の中で見た幻ではなかったのか? え? マジ? 現実になるのか?


「ここでは恥ずかしいので……場所を変えませんか?」


 彼女の提案を承諾し、俺たちは二人で校舎裏へと移動する。この流れを俺は知っている。既に一度経験している。


「────是非私と、お付き合いしてもらえませんか?」


 このセリフも、俺は知っている。既に一度言われている。


 そんなはずはないのに。同じ告白を二度受けることなんて有り得ないのに、なぜか知っている。次のセリフだって手に取るようにわかる。

 私、一年生の頃からあなたのことが気になっていたんです。クラスは違ったけれどとても魅力的な殿方だと思っていました────だ。


「私、一年生の頃からあなたのことが気になっていたんです。クラスは違ったけれどとても魅力的な殿方だと思っていました」


 ほら、やっぱりそうだ。やっぱり俺はこの告白を一度受けている。もう現実逃避するのはよそう。これはどう考えても気のせいなんかじゃない。俺の身に何かが起きているんだ。


「二年生になって、同じクラスになって自分の気持ちに確信が持てたんです。私はあなたのことが好き。どうしても、この気持ちをあなたに伝えたくて」


 そんなことを考えている間にも、着々と告白は進行していく。せっかく女の子が勇気を振り絞って愛を伝えてくれているんだ。それを聞いている最中に他事を考えるなんて本来は有り得ない。


「あなたと一緒にいると、幸せな気持ちになるんです。だからどうか……私と……」


 だけど俺は考えなくてはならない。なにせこの次に何が起こるのか、もうなんとなく予想がついているのだから。


「ああ、ありがとう。嬉しいよ。俺も────」


 告白に返事をしようとした。その途端、世界は暗闇に包まれる。俺の体は底なしの沼の中に引きずりこまれ、意識が引き剥がされていく。

 永遠のようであり、一瞬のようでもある時間が流れる。空間を超越したかのような不思議な感覚が全身を包み、意識を取り戻す頃には────


 またしても、俺は自分の部屋で布団にくるまっていた。

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