第2話 ぼんやりとした違和感

 世界で一番クソなエンディングとは何か? そう、夢オチである。


「せっかく告白されたと思ったのに……ぬか喜びってことかよ」


 朝から憂鬱な気分だ。上げて落とされた。弄ばれた。クソめ。夢のくせにメチャクチャリアルだったのが余計に腹立たしい。

 告白する瞬間の真殿の表情のクオリティは凄まじかった。あらゆる感情が混ぜこぜになったような瞳の質感、真っ白な肌の迫力、目覚めた今でもアレは現実だったんじゃないかと半信半疑になるほどだ。


 俺の夢ということは、あれは俺の妄想の産物でしかないということなるが、自分でもちょっと引く。どんだけモテたいんだよ、俺。


「そろそろ本当に告白されてもいいと思うんだけどなぁ……うぅ~ん……何が足りないんだ」


 容姿は整っているとまでは言えないまでも、決して悪くはない。クラス内で五本の指には入るくらいかな。

 そして成績はナンバーワン。この高校に俺より賢い奴はいない。定期テストの順位は入学以来ずっと1位だ。

 さらにさらに、身体能力も抜群。運動部には所属していないが、テニスや野球、バスケにサッカーなどなど、様々なチームから試合の助っ人を頼まれるくらいには動ける。


 つまり完全無欠のスペックを持っているということだ。元々は勉強も運動も割と標準レベルだったが、小六の時から継続的に努力して、現在ではこれだけできるようになった。


 でもモテない。モテるためにこれだけやってきたのに、告白は一度も受けたことがない。


 なんで? マジでなんで? 何か俺に決定的に欠けているものでもあるのか? なんだろう……思いつかない。強いて言えば味音痴なこととか……?

 いやいや、そんなの関係あるのか? わからん。もうちょっと筋肉をつけたり、髪を伸ばしてみたりしたら変わるかな?


「俺ももう高二だ。今年こそ! 今年こそモテ男になるんだ‼」


 気合は充分。寝癖は無し。制服もビシッと着こなし、俺は学校へと向かう。


「────やあ、おはよう。君は今日も早いね」


 教室に入って、自分の席に座ると、隣の机に突っ伏して寝ている少女が声をかけてきた。


「お前は今日も朝から眠そうだな、牛見うしみ


 彼女の名前は牛見つみれ。おかっぱ頭で小柄なので、どことなくこけしや日本人形みたいな雰囲気がある同級生だ。

 制服の着方がかなりだらしなく、本人の姿勢もおしとやかさの欠片もないので、胸やら太ももやらが豪快に露わになってしまっている。もう少しで下着まで見えそうなくらいだ。


 しかしそんなことよりも特筆すべきなのは、彼女が身につけている無数のオカルトグッズだろう。

 手首には大量の数珠、持ち物には達筆すぎて読めない謎の漢字が羅列されたお札を貼っており、多分何かしらの宗教にハマっている。詳細は不明だ。怖くて誰も聞き出せていない。


 ちなみに本人の好物はつみれではなく竹輪ちくわらしい。名は体を表さない。


「昨日は徹夜だったからね~そりゃ眠いよ」

「それにしては珍しく俺より早く来てるな」

「珍しく? 君とは席が隣になって一週間そこそこの仲だから知らないかもしれないけど、私は定期的に学校に泊まってるからね。誰よりも早く教室に来れるんだよ」

「……学校に泊まってる? なんで?」

「うーん、仕事ってとこかな」

「学校に泊まる仕事……? 何それ……」

「気にしなくていいよ~内緒のことだから」


 牛見はそう言って強引に会話をぶった切り、顔を伏せてまた寝始めた。自分から言い出しておいて内緒とは、マイペースなやつだ。


 やっぱりこいつ、ちょっとおかしいよなぁ。これほど変人の称号が相応しいやつも珍しいぞ。

 隣の席だからこうやって時々喋る機会もあるけど、あんまり関わらない方がいいのかなぁ。なんか怖いし。


 ……というか、この会話、覚えがあるな。似たような会話を前にもしたような気がするぞ。

 いつだ……昨日か? 昨日は何したんだっけ……? 今日が四月十五日だから、昨日は四月十四日……ん? 何だろう、この違和感……日付がズレてる?


 あ~駄目だ。頭のおかしいやつと喋ったせいか、こっちまで頭がおかしくなりそうだ。牛見のペースに惑わされるな。一旦深呼吸しよう。


 鼻から大きく息を吸って、少し止めて口から吐く。よし、思考がクリアになってきた。


 そう、今朝の夢のせいだ。やけにリアルな学校生活の夢を見て、最後には真殿に告白されて目が覚めた。あれのせいで、一日分余計に学校に来たみたいな気分になってるんだろ。


「なんか……損した気分だな」


 学校は別に嫌いじゃない。モテるためには学校での人間関係は重要だし、授業に置いていかれているわけでもないし、これといって学校生活に関して悩みがあるわけではない。

 かといって、好きかと言われるとそれは違う。休みの日に学校に行きたいなんて思わないが、学校の日に休みたいとは思う。なのに夢の中でまで学校に行かされたとなれば気分も滅入る。


「全員席着け~ホームルーム始めるぞ~」


 しばらくすると、覇気のない声と共に担任教師が教室に入って来た。


 田中義典よしのり、三十六歳独身。ボッサボサの髪と、無精ひげと、小汚い曇った眼鏡が特徴的な痩せ男。

 モテ道を追求する俺としては、もはや反面教師と言ってもいい男だ。教員としてはそれなりに尊敬しているが、男としては駄目駄目だと思う。彼女できたこともなさそうだし。


「じゃ、連絡事項言ってくぞ」


 気怠そうに、田中先生はバインダーに挟まれたプリントに目を通す。そこでまたしても俺は、この光景に既視感を覚えた。


 朝のホームルームで連絡を聞くなんて、毎日行われる恒例行事で、見覚えがあるのは当然のことだ。

 でも、そうじゃないような……細かい動作まで含めてピッタリ一致する記憶があるような……。


「えーっと、今日の体育は鈴木先生が休みなので、数学に変更だ」


 それを聞き、クラスからブーイングが巻き起こる。声をあげているのは男子生徒が中心だ。特に運動部の連中は不満顔である。


 この連絡……俺はもう知ってるな。昨日言ってたんじゃなかったか? 皆初めて聞いたみたいなリアクションだけど……もしかして忘れてるのか? 全員が?


「その次に、このホームルームが終わったら……」


 これも、聞き覚えがある。読み上げる時のポーズにすら見覚えがある。


「保健委員は保健室に集合だ。村田先生の指示に従って────」

「「────備品の搬入を手伝うこと」」


 次の言葉が予測できた俺は、思わず頭に浮かんだそれを口ずさんでしまった。しかしその声量がやや大きかったようで、田中先生に気づかれる。


「……なんだ? 時谷、知ってたのか?」

「え、いや、前に言ってましたよね? 昨日とか」

「昨日? この連絡をするのはこれが初めてだぞ。そもそも、今朝決まったことだ」

「今朝……?」


 それはおかしい。俺は絶対にこの話を聞くのが二度目だ。だって正確に、内容どころか一言一句違わず、口調まで含めて知っていたのだから。


 ……ん? 待て、それはどっちにしろ変だぞ。この連絡を俺が事前に聞いていたとして、なんでそんなに正確にわかる? 田中先生がどんな喋り方をするかなんて本人にすらわからないことじゃないのか?


「────時谷君。君って、ちょっと変だね」


 今までずっと寝ていた牛見が、唐突にむくっと起き上がり、半笑いでそんなことを言ってくる。


 何が何だかよくわからないが、少なくともお前にだけは言われたくない。

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