盗作

綿雲

こんばんは、紅井先生。今回も素晴らしい展示会でしたね。

わざわざ閉館後にお時間を頂いてしまって申し訳ない…どうしてもお話ししたいことがありまして。


…ええ、そうですね、お久しぶり。お元気でしたか…いえ、大丈夫。お気になさらず。

そう…そうですね。何せ学生時代以来だ…あの頃はほとんど…お話したことがありませんでしたよね。


それで、今日お呼び立てしたのは、他でもありません。

…そう、『盗作』について、です。

人の創った作品を真似て、奪って、自分の作品としてしまう…

許せませんよね、人様のものを盗んで楽をしようだなんて。

そう、あなたももちろん…よく、ご存知でしょう。今や貴方はご高名な絵描きの先生だ。


そう、何せ私も…身近でそういう騒動があったものですから。その時のことを貴方に聞いて頂きたくって。

ご興味が湧いてきましたか?私の知っている限り、事の顛末をお話しさせて頂いても?


あれはそう、高校の卒業式での出来事でしたか。

高校生の私にはね、それなりに友人もおりまして、その1人が…仮に、A、としましょうか。

Aはね、絵が上手な子でした。どのクラスにもいますよね、クラスで1番絵が上手いという立ち位置の子は。うちのクラスではAがそれでしたね。


それで、そう、卒業式の日にね…よくあるでしょう、クラスのみんなで寄せ書きをして、先生に今までありがとうございました、と渡す行事が。

うちのクラスもね、例に漏れずそれをやろうということになった訳です。それを作るにあたって、Aがね、色紙の中央に、大きく絵を描こうてな運びになったんです。

確か春らしく桜の花と、そうそう、赤毛の猫が中央に。

出来栄えはとても良くって、皆口々に褒め讃えて。Aも満更でもなさそうにしていましたよ。


…何となく話が読めて来ましたか?そう、ここからが本題ですよ。

Aと私は進学先の大学が同じでしてね。もっとも学部は違ったけれど、これからもよろしく、とまあそんな具合で。

二回生になったころ、彼から連絡がありましてね。大学構内で展示をやるから見にこないかと。

二つ返事で行くことになりました。同じ学部で美術好きな友人も連れてね。


個展はなかなか賑わっていました。残念ながらAとはすれ違ってしまって、直接会うことはできなかったんですがね。

しかし、昔と変わっていなくてなんだか嬉しかったんですよ。


何がって、もちろん彼の絵が。私は絵には詳しくないんですが、繊細なタッチで、見るものを落ち着かせてくれるような、穏やかな絵でしたよ。


そんな中でね、連れ立った友人が、1枚の絵の前に立ち止まって、そればかりじっと眺めている。

そんなに気に入ったかと思って見てみるとね、それまでのAとは違う、なんというか…鮮烈で、激しい色合いの絵が掛かっていました。他は風景画ばかりだったけど、その一枚は動物を描いたものでした…


よく覚えてますよ。全身が真っ赤な兎。


そう大きな絵じゃありませんでしたが、目を引かれるといいますか。この友人はこういう絵が好みなのかと思って訊いてみるとね、彼が言うんですよ。


「これは盗作だ」って。


驚きましたね。まさかAがそんなことをするはずがない、と思ってね。何かの間違いだろう、と言ったんですが、友人は黙って自分の携帯端末を差し出して来ました。

見るとそこには1人の作家さんのホームページが映っていて。…お名前を「燈」さんと言いました。画面に並ぶ絵はどれも華やかで鮮やかで、生命力に溢れておりました。

いくらかページを遡ると、目の前に飾られたものとよく似た絵が出てきました。赤い目の兎の絵。


ところどころだけれど、しかし素人目にも明らかに、その2つには類似した点がいくつもありました。

友人はこの方のファンだったようで、すぐにわかったと言ってましたよ。私はね、それでも信じられなくって、暫くぼんやりと画面を眺めておりました。

するとね、小さく表示された画像の中に、気になる絵がひとつありました。拡げてよく見てみましたらね、それは3年ほど前の作品で…


…Aが色紙に描いたあの絵にそっくりでした。


私はAに連絡してみました。盗作だなんて、作家を名乗る者がいちばんしてはならない事だろうと、語り合ったこともあったはずなのに。一体どうしてしまったのかと、問い詰めるつもりでした。


ほんの2、3コールで、Aは陽気に電話に出ました。私は苦虫を噛んだような心持ちで、「燈」という作家さんについて知っているか、と尋ねました。


Aは突然しんとなって、電話口の向こうにいるかいないかも分からなくなるほどでした。

ややあってから、なぜそんな事を訊くのか、と吐き捨てるように言いました。

冷ややかな口ぶりのそれはもう、認めたも同然の態度であると私は感じたのです。ついカッとなって怒鳴りました。なんて非道なことを、人様の作品を盗むなんて、と。


…Aは、なんのことか分からない、あの絵の作者は自分だ、と言いました。


そして、仮にその作家と似た絵を描いたところで、埋もれている作品を世に出してやっているのだから、むしろ感謝して欲しいくらいだ。

悪いというなら、それを知らずに消費する奴と、それを知っていて何も出来ない奴が悪いのだ、とまで。


…愕然としましたね。私はそれきり何も言わない彼に代わって電話を切りました。憤懣遣る方無いとはこのことで、彼の言うとおり、私には何ができるでもありませんでした。

もう彼は昔の彼では無いのだと納得して、今日のことは胸に秘めておこうと…


けれども、ほんの3日ほどで私の想いは呆気なく打ちのめされました。

彼の個展は恙無く終わったかのように思われました。それがどういうわけか…学内でこんな噂が流れ始めたのです。


「Aは盗作の被害に遭っている」と。


…おかしいですよね。それじゃまるで話が逆じゃありませんか。友人も疑問を隠せない様子で、美術学部の知人に連れ立って話を聞きに行きました。

それがどうでしょう、その知人も、そこに一緒にいた美術学部の生徒たちも、すっかりAが被害者であるということを信じきっているようでした。彼らは口を揃えて、盗作なんて最低、Aさんが可哀想、と。


具体性のない歪な同調圧力さえ感じて、我々は何を追求することもできませんでした。どこか変だと感じて、件の作家さんについてまた調べてみました。

そうしたら、この方の作品を悪し様に論った記事が大量に…どれもこの数日のうちに書かれたもののようでした。

ホームページなどは異常なほどに荒らされておりましたよ。鬼の首を取ったように騒ぎ立てる投稿ばかり、罵詈雑言の嵐でした。


一体なぜ、まさか私が彼に連絡を取ったせいか、と思い至って、隣で青い顔をしている友人に相談してみました。友人は少し考えて、大学のサイトの中から、美術学部のページをクリックしました。教授たちが掲示板代わりに運営していたものです。


…そこには、「今回の『盗作』騒動についての注意喚起」というタイトルの記事が。

さすがに私もぴんと来ました。いくら学生のした事とはいえ、いえ、学生がした事だからこそ。学内から犯罪者が出てはまずいと、教授たちが揃って隠蔽しようとしているのです。

記事は詳しい説明も素っ気もないものでしたが、何も知らない生徒やゴシップに飢えた烏合の衆の目を欺くには充分だったのでしょう。


どうしてあの作家さんの名前が、よりにもよってこんな風に広まってしまったのか。

偽証も偽装もいくらでもできてしまうような時代です、もしかしてそれも教授たちの…あるいはA自身の画策だったのかもわかりません。

その作家さんはとうとうホームページを削除してしまいました。最後まで、あんなのは私の絵じゃない、と悲痛な叫びを上げながら。


仕事を干されたとか、筆を折ったとか、心を病んでそのまま…なんてまことしやかに囁かれました。

…私も心が痛みましたが、結局何も…本当は違うのだと声を上げることもしませんでした。今でも後悔しています…


それからのAですか?そりゃあもう、破竹の勢いでしたね。学生のうちからどんどん仕事を取って。他の学部でもすっかり有名人でしたよ。盗作の事ではなく、すごい生徒がいるんだ、てな評判でね。それがまだ三回生に上がったばかりの頃の話です。


…大丈夫ですか?ご気分が…芳しくないようだ。

そうですね、腹が立ちますよね。お察ししますよ…そりゃあ、こんな話は面白くもない。盗っ人がのさばっていい目を見て…

けどね、この話はこれで終わりじゃありませんよ。もちろん。


続きをお話ししましょう。彼は…Aはね。

私は、その後も幾度か、彼の作品を見る機会があったんですよ。それがどうも…だんだんと…作風、と言うんですか。目に見えて変わっていったんです。素人が何がわかるのかと言われてしまえばそれまでですが。


先程もお伝えした通り、彼の作品は、穏やかな空気感が魅力の、風景画が主でした。少なくとも私はそう思っていました。

それが、新作を描く度に…派手になって行きました。描くものも生物や人物が主になって…


そして描く度に、彼の絵はどんどん洗練されて行きました。周囲からの評価も高くして、卒業制作の自画像などは大きな賞を頂いておりましたよ。


鮮やかで目を引く色、荒々しく力強い筆遣い。

やっぱり、似ていました。あの作家さんの絵に。


いえ、それよりももっと大胆で…「見ろ」という、強いプレッシャーを与えるような絵でした。


そして、変わったのは彼の作品だけではありませんでした。

元来、Aは明るくて物腰の柔らかい人間でした。穏やかな作風にも人柄が現れるようでしたよ。

それが、作風が変わるに連れて彼自身も変わっていってしまったのです。


作品が評価されて自信がついた、というのならまだわかりますがね。彼はどんどん暗く、というか…自虐的になっていったようです。

これは知人に聞いた話ですので、定かではありませんが…私もその頃の彼には驚きました。背中を丸めて、爪を齧りながら周りを威嚇するかのように歩いて。


同一人物とはわからないほどの変わり様でしたよ。

病人のようにやつれてしまって、まるで…絵に生気を吸い取られてしまったようでした。

何せ日がな1日アトリエに篭って、狂ったように絵を描いていたらしいですからね。


人が変わったような彼の様子に、ご友人も不気味に思ったのか、いつしか彼は孤立していました。それでも卒業するまで毎日アトリエに引き篭って、ずうっと絵を描いていたみたいです。

なにかに取り憑かれたみたいにね。


「こんなのは私の絵じゃない」って、筆を握り潰すくらいの勢いで…


…それで終わりかって?ええ、そうですね…私が知っているのはこの程度です。

それに、それからの事はあなたの方がよくご存知でしょう?


…A、いや、紅井アカイくん。

それとも、『燈』さん、とお呼びした方が良いでしょうか。


…あの頃は貴方の名誉を守れずに、申し訳ありませんでした。

私は逃げたのです。 友人もあの時声を上げようと言ってくれたんです。けれど、私が止めた…貴方を擁護するようなことを言えば、2人とも大学を卒業できなくなるかもしれないと。


…そう、これは懺悔ですよ。貴方に対してのね。言い訳でしかありませんが…今度こそ、貴方の活動の邪魔をするつもりはありません。だからどうか…


…すみません。少し気分が…ええ、平気ですとも。

…ねえ、私の友人だった彼や、あの頃の教授たちは、今…どうしているのでしょう?

ええ、いえ、私の知る由もありませんが…誰とも…連絡が…つかなかったもので、気になりましてね…

…ところで…この部屋に並んでいる絵は、その…みんな、似ていますね、そう、誰かに、懐かしいような…まるで生き写しだ、


…その絵は?これも、展示場にはありませんでしたね…あなたの作品ですか?…違う?


…ああ、そうですね…似ていますね。そっくりだ。


どうして、私の似顔絵なんか飾っているんです?

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