第10話 セキュリティコンサルタント

 食事を終えた私は、仕事先へと向かった。警察署として使われている、旧植民地時代に立てられた大きな建物。

 受付に挨拶してIDカードを提示し、2階にある“スタッフルーム”に顔を出す。今回の遊説に当たって、スタッフがオフィスやミーティングスペースとして使用するために貸し与えられている。ここでは入口とは別にゲートが用意され、ガードマンとIDカードリーダーが道を守っていたされていた。首相の安全に関わるので、機密のレベルは他よりも一段階高い。

 このスペースの中は、首相の周辺のスタッフ、警護を担当する軍警察の士官、私が属する会社の社員で占められている。内戦からさほど時間が経っていないこの国では、人材の不足が常に問題として付きまとっている。内戦の間に優秀な官僚やまともな軍人が育つ余裕はない。

 そこで外部から“顧問”を雇い入れ、不足する人材の補填とノウハウの吸収を行わせている。私の会社はそうしたサービスの提供が業務の一つだった。内戦終結時の武装解除・動員解除・社会復帰DDR業務を国連から請け負って以来、会社はこの国と付き合っている。


 自分の机に行き、カギをかけた引き出しからタブレットを取り出して会議室に向かう。昨日の深夜まで確認し続けたデータが入っている。

 会議室にはすでに主要なメンバーが集まっていた。警護を担当する軍警察の少佐、大尉、先任曹長。首相のチーフスタッフと補佐官、市役所の職員、会社の各部門の担当職員。私の上司である部長。

「さて、全員揃いましたな。ちょっと早いですが始めますかね、少佐」

 上司である部長が少佐に促し、部屋を暗くしてプロジェクターを起動する。壁にこの街の市街地地図と、タイムスケジュール、移動経路などが投影された。

 この国では英語とフランス語がつかわれており、それぞれの通りや建物にも、全て英語とフランス語で2つの名前が付けられている。おかげで少しややこしい。

 常に両方が併記されていればよいのだが、まだ復興していない区画や古いまま残されている看板などでは、どちらかの名前しか書かれていないことがある。特に、綴りが全く同じでも、英語とフランス語で意味が違う単語があったりする。意外なことに地元の人間は大して困っていないようだが。

 少佐が街の地図を背中にして立ち、手を打ち鳴らした。

「よし、諸君。今日はこれまで以上の大舞台だ。絶対に何事も起こさない」


 自分が“人を殺せない”人間だと気づいた私は、部隊を去って警備課へと籍を移した。人を撃つことはできないが、射撃の技術を知る者は銃を使った犯罪の捜査に役立つ。

 人殺しの技術を“正しく”使えなかった私は、“間違った”使い方をする人間からの防衛や捜査へと鞍替えした。表向きの理由は犯人の射殺で抱いたショックと、人質の負傷に対する責任を感じたこととなっていたが、実際は“いざというときに撃てない奴”だと知ったからだ。

 ネイビーブルーの制服を着ることがなくなった私は、銃器犯罪の捜査、狙撃に対する警備の・警護のアドバイス、銃器取り扱い指導を自らの役割として、20年ばかりを警察で過ごした。技術を鈍らせないために射撃そのものは続けていたが、それを実際に使うことはなくなっていた。

 おそらくこのまま定年まで過ごし、引退後は射撃場に居座って、適当にライフルを撃つ退屈なジジイになると思っていた。


 だが、そこで予想していなかった事態が起きた。先に退職して民間の会社に転職した警部補――かつて私の代わりに犯人を撃った観測手で、今では部長になっている――から引き抜きの誘いが来たのだ。

 仕事の内容は、いわゆるセキュリティコンサルタント。一般の企業でのデータの漏洩やハッキングへの対処ではなく、実際に危害を加えてくる者から依頼主の身を守るためのアドバイスをする。

 引き抜きを持ち掛けてきた会社では、あらゆる物理的な危害から依頼主を守るための人材を囲っていた。強盗、誘拐犯、爆発物でのテロ。それらから身を守るにはどうすればよいかを指導し、提案し、時には直接の警護に参加する。民間軍事企業PMCと呼ばれる分野にも近い。私が誘われた理由はもちろん、対銃撃コンサルティングの人材が必要とされたためだった。

 誘いを聞いてからは少々迷った。給料は警察よりもはるかに良かったが、若造のころもそうやって誘いに乗ったがために、後悔することになったのではないか? 

 だが結局、私は誘いに乗って警察を辞した。新しいキャリアを見つけてもよい気分もあったし、警察では後進が育ってきていたので役目が終わりつつあることを感じていた。

 それから5年というもの、東ヨーロッパ、旧ソ連衛星国、南米、中東、南アフリカ、南アジアと、世界中を転々としながら、銃撃から身を守る術を教えて回った。撃たれる危険性がある人物自身にレクチャーすることもあれば、それを守るボディガードに警護の方法を説くこともあれば、警察に狙撃の技術を伝えることもあった。

 新しい世界は刺激的だった。よかったのかどうかはわからないが、今のところは後悔しないでいることが出来ている。

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