第21話 接近

 今日は、骨折の処置をして頂いてから、初めての通院日となる。私は、骨折部分を治して下さった仁藤先生の予約診察があり、整形外科の外来に来ていた。受付の女性に声を掛けると、先にレントゲンを取ってきるように言われてたので、撮影を終えた後に、再び外来の待合で待機していた。


 この整形外科の待合からは、リハビリテーションルームが少しだけ遠くに見えている。私は、順番待ちをしながら拓弥君の存在を待ちわびていた。今日、リハビリをするかは把握していないが、前と同じタイムスケジュールならば、そろそろ来る頃だろう…。


 拓弥君は予定通り姿を現し、ゆっくりとリハビリテーションルームへと向かっていく。

 

「あ…。」


 拓弥君のそばに、彼女と思われる女性が寄り添って歩いていた。私は、拓弥君に彼女の存在がいることを思い出し、挨拶に行くことを躊躇した。しかし、二人の様子が気になり、診療が遅れる中、リハビリテーションルームの近くまで移動し、2人の様子をこっそりと観察することにした。


 拓弥君はベッドに横たわり、理学療法士さんが彼の右足をゆっくりと動かしながら話しかけていた。近くのベンチには、美しい容姿を持つ彼女が座っており、拓弥君のリハビリの様子をにこやかな表情で眺めていた。


 私は二人を見ていると、自分の中に形容しがたい嫉妬の念が沸き起こることに気づいた。彼女には、拓弥君というお似合いの彼氏がいる。客観的に見ればそう映るだろうが、私はなぜか素直に祝福することができなかった。


 冷静な態度を保とうとしていたはずだったが、拓弥君の彼女と知るや否や、私の感情は制御不能なまでに乱れた。そして、先日病棟でぶつかった女性が、拓弥君の彼女だと知った瞬間、ますます不愉快な気分になってしまった。あの時の彼女の態度や言葉は、きっと私の心から消し去ることができないだろう…。


 私は、悩ましげな表情を浮かべながら、待合室へと引き返すことを決めた。あの光景をもう目にすることはできなかったのだ。再び外来で待つこと30分、診察の呼び出しの音が私の順番を知らせていた。


「福田さん。先程撮影したレントゲン写真では、繋ぎ合わせた骨にズレもありませんし、順調のようですよ。」 


「ありがとうございます。」


 医師の言葉に、私は一安心する。感謝の気持ちを述べると、私は診察室を出た。


 私は、整形外科の診察を終え、会計に向かう途中で、リハビリテーションルームの前を通り過ぎた。そこで、偶然にも拓弥君と出くわしてしまった。


「あっ…真由?」


「拓弥君?」


「拓弥?どうしたの?」


 彼女と一緒にいる拓弥君に遭遇して、私は緊張感を抱えた。拓弥君が1人きりでいるならば、私にとって何の問題もなかった。しかし、彼女が彼の傍にいる状況は、私にとっては非常に居心地の悪いものだったのである。


「彼女は、福田真由さん。大学時代の同級生で友人の一人だよ。」


 私は、彼女と目が合ったので会釈をする。


「あなたは…。」


「恵美?どうした?」


「先日、この方と病棟の通路でぶつかったのを思い出したのよ。」


「そ、そうなんだ。真由、彼女は宮原恵美。会社の同僚で、交際相手だ。」


 恵美さんの鋭い視線が私を貫いた。その瞬間、彼女が私に好意的でないことは一目瞭然だった。私は、拓弥君の気づかないところで彼女が見せた表情を目撃していた。しかし、彼が振り向いた瞬間にはにこやかな表情に変わっていた。それは、彼女がかなり恐ろしい性格を持っていることを示唆していた。その様子を見て、苗字は違うが大学時代に嫌がらせを受けていた恵美のことを思い出していた。


「私は、整形外科の診察を受けた所よ。拓弥君は、リハビリが終わったとこかな?」


「ああ、そうなんだ。佐々木先生によると、傷の回復は順調らしいし、片麻痺以外の機能も問題ないらしいから、通院しながらリハビリと治療でいいみたいだ。明日には退院できそうだよ。」


「良かったわ。あとはリハビリを頑張るしかないわね。」


「ああ、症状が軽く済んだのは真由のお陰だ。本当にありがとう。」

 

「拓弥。真由さんのお陰ってどういうこと?」


「ああ、災害時に頭を強く打ったあと、地下鉄のホームまで移動したんだけど、急性硬膜下血腫だったか、その頭の出血で倒れたんだ。真由が、救急車を呼びに行ってくれたから助かったけど、処置がもっと遅くなれば、もっと酷い後遺症に悩むことになっていたらしい。」


「ふーん。そうなんだ。じゃあ、退院祝いしましょうよ。真由さんだったかしら?あなた彼氏は?」


「いますけど…。」


「そう。ならいいわ。じゃあ、その彼も混ぜて4人で。」


「おい、恵美…勝手に…。」


「いいじゃない。真由さん、迷惑だったかしら?」


「そういう訳じゃないですけど…。」


「じゃあ決まり。また拓弥の方から連絡させるわ。」


 終始、彼女の恵美さんのペースで話を進められてしまう。私は、恵美さんはあまり得意なナイプじゃないし、正直乗り気では無かった。しかし、拓弥君の退院を祝ってあげたいのは賛成だったので、そのまま従うことにしたのであった…。


―――― to be continued ――――

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