第16話 目覚め

 私は、拓弥君の手術後、彼が目覚めるの瞬間を静かに待ちわびていた。しかし、長い待ち時間と緊張のせいか、私もまた疲れ果ててしまったようだ。その結果、私は彼のベッドに伏せたまま眠りに落ちてしまったようだ。


 突然の違和感で目を覚ますと、彼の手が、私の手にしっかりと握られていたのを目にした。その瞬間、私は心の中で大きな驚きと温かい感動が交錯して、身体中を駆け巡った。


「あっ…。」


 私の反応に気づいた彼は、私をじっと見つめて微笑みかけた。


「真由…。ずっとそばにいてくれたんだね。ありがとう。」


 彼の優しい声は、手術後の痛みと疲れがこもっていた。それでも、私に対する感謝の気持ちは明確に伝わってきた。


「うん。目が覚めたんだね。えっ…と、その、手が…。」


「いやだった?」


「ううん…。」


「ならもう少しだけ…。生きていたことや、真由が傍にいてくれたことをもう少しだけ実感していたいんだ。」


「うん。」


 私も触れていたかった。彼の温もりをもう少し感じていたかったのだ。彼も同じ気持ちなのが嬉しくてしばらくの間、手を繋いだまま過ごした…。


「拓弥君。そろそろ目覚めたことを知らせないとね。」


 私は、ナースコールで拓弥君が目覚めたことを報告した。暫くすると、執刀してくれた佐々木先生が病室へ姿を見せた。


「佐野さん、ご気分はいかがでしょうか?手術は見事に成功しましたよ。あなたは、地震の際に激しく頭を打ち、その結果、頭の中に血液がたまるという危うい状態に陥っていたのです。身体の不調は、その血腫が原因だった様です。しかし、私たちは止血し、溜まっていた血腫を完全に取り除きました。ですから、どうか安心してください」


「先生、助けて下さってありがとうございます。」


「いえいえ。これが私の仕事ですからね。では、今から少しテストさせて貰います。脳の機能に問題が生じていないかを調べさせてくださいね。」


 佐々木先生は、ゆっくり時間をかけて様々なテストを行った。手足を動かしたり、記憶や言葉の様子、様々な感覚のチェックを行っている。これは、後遺症が表れていないかを調べるのだろう。


「よし、テストはこれで終了です。ほとんどの機能は問題ありません。ただ…右手と右足の動きが少し鈍いようです。佐野さんも自覚されているようですね?」


「はい。倒れる前からそう感じていました。」


「そうですか。急性硬膜下血腫の影響で、右半身に片麻痺が出ているようです。」


「その片麻痺、治るのでしょうか?」


「それは難しい質問ですね。佐野さんは比較的軽度の症状だと思われますが、リハビリに取り組む必要はあると思われます。あなたはまだお若いですし、完全な回復までは至らないかもしれませんが、かなりの改善が期待できると思います。」


「わかりました。ありがとうございます。」


「彼女さんかな?あなたの協力も彼の回復には必要になるでしょう。あなたも骨折で大変でしょうが、しっかり支えてあげてください。」


「あっ…。は、はい。」


 先生は、病室を後にした。


「彼女って言われちゃった…。何て答えたらいいか困ったよ~。」


「それなら、彼女になっちゃえばいいじゃん!」


「えっ…。」


 再び、拓弥君の口から放たれた突如の言葉に、私は思わず胸が高鳴った。しかし、私たちはお互いにパートナーを持っている立場であり、彼の真意が果たして何なのかを理解できずにいた。


「拓弥君には、本当の彼女がいるじゃない!」


 彼の心の中にあるものを知ることができず、軽々しく答えることはできなかった。同時に、拓弥君の彼女への思いが気になっていた。そして、私は思わず反論してしまった。

 

「あっ…そうだね。ごめん、調子に乗ってしまって…。」


「うん…。」


 自分でも失敗したと反省する。私の一言でお互いの空気が悪くなってしまった…。


「拓弥君。私そろそろ帰るね。拓弥君の意識も戻ったことだし…。」


「えっ、帰っちゃうの?」


「ごめん。会社のこととか、家のこととかもあるし、一度帰らないと…。」


「そうだね。わかったよ!真由、ありがとうね。」


「うん。それじゃあね。」


「あっ、真由!」


「ん?」


「明日も会いに来てくれないかな?」


「そうだね。わかったわ。何か必要なものとかある?」


「ビールとおつまみ。」


「病院じゃ怒られるやつやないかーい!」


「あはは…ナイス…ツッコミ!」


「あはは。何か考えて持ってくるわ!拓弥君。ご両親と職場には連絡しておきなさいね!」


「オカンか!?」


「おっ、やりますなぁ。じゃあね!」


 私は、拓弥君の病室を離れた。


 私は、心がザワついてどうしようも無くなっていた。彼に付き合おう的なことを言われた時に、心が高鳴り、冷静な判断ができず、危うく痛い女になるところだった。


(あれは、ただの勢いで言っただけよ。拓弥君には彼女がいるんだもの…。)


 私は、これ以上は考えるのを止めて帰宅することにした。


―――― 拓弥 ――――


「あーあ。失敗しちゃったな…。」


 真由が去ってから、俺は病室の天井を見上げながら後悔の念にかられた。あの言葉は、弾みで出てしまった。冗談のつもりではなかったが、真由には軽率に思われたかもしれない。


 真由には交際相手がいる。どんな相手なのか、二人の仲はどんな様子なのか。真由にとって俺よりも大切な相手なのだろうか。俺には何一つわからない。でも、そんなことを色々考えると胸が苦しくなってしまう。


(俺には恵美がいるというのにこの気持ちは一体何なんだろうな?)


 恵美と真由の彼氏の存在…。3年の年月の経過であれば仕方ないことではあるが、俺にはどうしていいのかわからない問題である。


(肝心の真由の気持ちはどうなのだろう?俺をどう思っているのだろう?やっぱり、本心まではわからないな…。)


 俺は結局、答えがでないまま考えを停止した。この後、真由の言う通り、両親と職場の上司に状況の報告の電話を掛けたのであった。


―――― to be continued ――――

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