第9話 休憩
私たちは、食料と飲み物を補給し、身体を休ませることにした。拓弥君と私が共に傷を負っており、また、復旧作業に時間がかかると予想される震災の中で、安全かつ確実に移動することが肝心だと考えたのだ。
時は11月下旬、冷たい風が吹き荒れる季節が到来した。私はいつも通りウォーキングに出かけたが、薄着だったため、次第に身体を冷やし始めた。
「真由。寒いだろ?ほら。」
拓弥君は、自分の着ていたジャケットを脱いで、私に掛けてくれた。
「暖かい…。でも、それでは拓弥君が寒いよ…。」
「大丈夫だって。俺のリュックは魔法のリュックだぜ!」
そう言って拓弥君は、リュックからトレーナーを引っ張り出していた。
「嘘!?本当に出てきたわ!」
「あはは。ジム行くから着替えは用意してあるんだよ。まだ、シャツもパンツもあるぞ。」
シャツとトレーナーを重ね着した拓弥君は、壁に背中を付けて私の方を向いて声を掛けた。
「真由、こっちにおいで。くっついて眠った方がお互いの体温で暖が取れるから。」
「え、でも…。」
「あっ、真由には彼氏がいたんだよな?俺だって彼女いるけど、これはやましいことを言っている訳じゃない。緊急時で生存率を高める為に必要なことだから。大丈夫!変なことはしないから。」
「うん…。」
私は、本当に冷え込み始めていることもあり、素直に提案を受け入れた。壁を背にもたれかかっている彼の前に腰掛けて、私の体重を彼に預ける。
「暖かい…。」
私は彼の体温を感じながら、彼の腕が私をやさしく包み込んでいるのを感じた。新田さんではない男性と密着しているのに、何故か拒否しようという思考には全く至らないでいた。
「真由。彼氏に悪いと思っている?」
「うん…。やっぱり…ね。拓弥君は?」
「俺もそうだね。」
「彼女のことは好き?」
「好き…なんだと思う。大切な存在だとは思うけど、真由と付き合っていた頃に抱いていた好きとはまた違う好きなのかな…上手くは言えないんだけど。」
「あー!それわかる。私も同じだよ。新田さんは、大切な人だけど、やっぱり拓弥君に抱いていた好きとは違う気がする…。」
「新田さんって言うんだ。」
「うん。とても純粋でいい人。こないだプロポーズされたのよ。」
「結婚…するの?」
「んー。正直わからないかな。言われた時に即答出来なかったの…。自分がどうしたいのか、どうした方がいいのか。まだ、迷ってるし、答えは見つかっていないのよ。」
「なら、俺としろよ!」
「えっ…。拓弥君には彼女が…。」
「あっ!ごめん。そ、そうだよ。そうだよな。何言ってるんだよ、俺は…。変なこと言って悪かった。今日はもう寝ようぜ!」
「あっ…。うん。拓弥君、おやすみ。」
「おやすみ。」
私は、目を閉じて眠りに着こうと試みた。しかし、目が覚めてしまって寝付けないでいた…。
先程の拓弥君の一言が気になってしまったからだ。自分でも驚いたのは、結婚の話になった時に拓弥君が言ってくれた『俺としろよ!』の言葉に強く心が揺さぶられたからだ。新田さんから頂いた言葉よりも、拓弥君の方に一瞬でも心が動いてしまったのだ。3年ぶりに再会したばかりの彼と、たった数時間しか一緒に居ないのに。
私には新田さんがいる。そう思うと、より一層頭の中がごちゃごちゃになるのであった…。
―――― to be continued ――――
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