第18話 真実のかけら

 『『誰か助けて』』


 時を超えた7年前とその言葉が重なったとき、小さな奇跡が起きた。



『トプン……』

 水の中には入るような静かな音がする。



 ――――――――――――――――――――



 ぬるい水の中のような、まるで無重力の空間らしきところで、エリシアはひたすら前に進もうと歩いていた。


 あたりは真っ暗で、先も何も見えない。何も聞こえない。―――それがずっと永遠に続いているような場所だった。



「ねぇ……誰か…………」



 そうやって振り向いたとき、真っ暗な空間の中で、小さな女の子たった一人だけが、光るようにそこにいた。


 しゃがみこんで、顔がうつむき、震える肩から、小さな女の子が泣いているのだろうとわかる。



「……どうしたの? つらいことがあったの?」


 うつむいていた少女がゆっくりと顔を上げ、落ちくぼんだような、何も映し込んでいないような暗い瞳をエリシアに向けた……


「……要らないんだって。

 私、要らないんだって……出来損ないなんだって……

 ………………みんなそう言うの………………」



「…………私も同じよ。

 魔法をろくに使えない出来損ないなんですって。しかも最近は婚約者にまで捨てられちゃったわ…………」



「…………同じ……一緒?………」



「そうね……」



「私、が使えないの……他の魔法は誰もがすごいっていうのに、あの魔法が使えないから、家族の誰も私を褒めてくれないの。見てくれないの……」


「え?魔法が使えるのなんてすごいことよ!

 私は魔法なんて、ちっとも使えないのよ!」



「ほんとに?」


「本当よ。それは、貴女の家族が悪いわ!」


「でも、他の人も、私は努力が足りないって言うの。

 私は民を守らないといけない。もっと領地の仕事をしないといけない。働かないといけない。民は助けてって私に言う……。

 でも、もう…………心も体もしんどいの……」


「…………」


「もう…………何もしたくない…………誰も信じない……………!!! もっと頑張らないとだめなの?!」




「違うわ!!」


「…………?」


「…………お願いだから、……もうこれ以上頑張らなくていいから……!もう、貴女は十分頑張ったよ!!」


自分のことのように重ねてしまったせいか、感情的になってしまった。


女の子は、一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにもとの表情に戻った。


「…………私…………そう……頑張ったの。誰かにそう言ってほしかったの……ありがとう……」


 少女のその笑顔は、弾けるように明るかった。


(いいな……純粋で)



「……私、もう行かなくちゃ……人が呼んでるから……」


 そう少女は言った。


「……あ、出口ってどこかわかる?」



「うん、大丈夫!

 ……あっ、それから、これ、お姉さんが持ってて。

 逢いましょ…………」


 

「え?この箱?」


手のひらにちょうどおさまるくらいの箱だった。



 そして、顔を上げると少女はいなかった。




 ―――とつぜん、浮遊感を感じた。


 ポコポコ……ポコポコポコ…………


    泡が弾けて、きえた。



 ――――――――――――――――――――


 数日前に遡ること…


「……シアが消えました…………何者かに攫われたもようです。」


「どういうことだ。

 あれほど、貴殿が、この件は任せろとおっしゃっただろうっ」


「…………すまない……早急に捜索はしている。侯爵」


「帰ってきて早々これとは…………」



 渋い顔でテオドールを攻めるのは、リステアード侯爵とその夫人だった。おっとりした普段の性格からは想像がつかない程の剣幕である。




「目星はついているのでしょうな……」


「それはそうだ……が……今はすぐに攻撃できない」


「………………どうされるつもりか、殿下。」




「慎重に事は運ぶつもりだ。」


「それは7年前の失敗は活かされているのか?

………………貴殿が、動きづらい立場であるのは認めよう……だが、はっきり言うと、それを言い訳する男なんぞ、私の義息子には不要だ。そんな男は要らない」


 侯爵といえど、王太子にこのような物言いは普通許されないものだが、テオドールには、そう言われても仕方のない理由があった。


「……兵と、知略者ぐらいは王室軍に貸してやろう…………兵はニ万ほどだ」



「…………感謝する。」


「……それから、私は軍に同行するとだけ言っておこう。」


「えっ?あなたっ?!」突然の侯爵の申し出に、夫人が慌てる。侯爵自らが制圧の軍に加わるなど聞いたことがない。


「娘の行動など、父親の私がよくわかっている。

 貴殿は来なくて構わん。」



 そう言い捨てて、侯爵とその夫人は応接室を後にした。

 



「…………フィル!

 ルーベルティアの地図をもう一度出せ。

 本拠地は恐らく、旧ベルティア城だろう。

 シアの監禁先らしき部屋の候補も絞るぞ。

 それから、の関係者を探し出せ!」



 (すまない。本当にすまない、シア。

 傷つけたくせに、結局何もできなかった俺をいっそ思いっきり、再起不可能になるくらい罵倒してくれ…………

 無事でいてくれるなら、なんだってしてやる。)



 窓の外は、暑さでどうにかしそうな気温だったはずが、肌寒くなってきた。


 嵐の予感がする。


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