私、メリーさん。

肥前ロンズ

私、メリーさん。 1stシーズン

第1話 20代後半の女性の場合

 私はこの世の絶望の縁にいた。

 例えようのない悲しみ。耐えようのない不安。明日なんてもう来ない。今にでも街に飛び出したいのに、「もう暗いから」と家族にとめられてしまった。

 でも、私の命より大切なあの子は、こうして私が暖かい部屋で過ごしている分、寒さで震えている。すごく臆病な子だから、怖い思いをしているだろう。ひょっとしたら、交通事故にでもあってるかもしれない。どこかでいじめられてたらどうしよう。……生きているの?


 スマホのコール音が鳴る。

 画面を見ると、『非通知』となっていた。

 いつもだったら、そんな怪しい電話なんてとらないのに、気が滅入っていた私はとってしまった。


「……もしもし。どちらさまですか?」

『私、メリーさん』


 ノイズがかった、女の子の声がする。ぞわ、と背筋の産毛が逆立った。

 もしかして、あの都市伝説のメリーさん? 電話がかかってくる度近づいてきて、最後は殺しにくると言う――。


 なぜか荒い息遣いもきこえてくる。

 今、という言葉を聞いて、私はゴクリと唾を飲み込んだ。





『あなたのワンちゃんに咥えられて、どんどんあなたの家から離れていくの。GPSで場所を発信してるから、今すぐ引取りに来てくれないかしら』

「ハチ公(ラブラドール2歳)ー!!!!」




 私は号泣した。ハチ公の帰巣本能のなさに。


 たどり着くと、臆病なハチ公はケロッとした顔で、かわいい西洋人形をくわえたまま、我が家から5.5km離れた場所で見つかった。

 メリーさんはハチ公のよだれまみれになってた。申し訳ないので洗った。

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