第2話 粉飾

「送信、と」


 これでやることは済ませた。心置きなく飯が食えるな。

 そうして弁当を食べ終わる頃、俺のスマホにメールが届いた。落とし主からのお礼の返信だ。ハートやキラキラのデコで溢れている。


「ずっと探してたので嬉しいです。見付けてくれてありがとうございます、か。いいことすると気分がいい」


 ──見付かって良かったですね。きっとピグモンも大事にされて喜んでますよ。


 そう返事してスマホを鞄に突っ込んだ。小さな事件はそれで終わりを迎え、その後はいつもの日常だ。放課後を図書室で読書して過ごし、最終下校時刻になった。

 俺はまたあの階段を下りている。チラシは既に剥がされていた。持ち主がちゃんと受け取れたのだろうと安堵したその時、ブブッとスマホが振動した。確かめると持ち主からの返信だった。


 ──知ってるんですかピグモン! 可愛いですよね、大好きです! 子供の頃にハマって見てました。ストラップも好きな人に貰った思い出の品です。さっき職員室で受け取りました。取り戻せて良かったです。本当にありがとうございました。


「へえ」


 オタクなら嗅ぎ取れる熱の籠った文面だなと感じた。読み終えて視線を上げると、何度見ても見慣れないフラミンゴピンク頭がいて、思わず飛び退った。


「うわっ!?」


「……」


 スマホ片手に浜路が真ん前に立っていたんだ、そりゃあ驚く。相手も驚いた顔なので多分歩きスマホだったんだろう。


「お、脅かすなよ。また忘れ物か?」


「ううん、ねえ今メール見てた? バイブの音した」


「そうだけど……お互いぶつからなくてよかったな。ながらスマホはやっぱよくねーわ。ごめん」


「ううん。ねえあの、もしかしてさ……これ拾ったの伊藤?」


 浜路のスマホにはピグモンのストラップがぶら下がっていた。


「あ」


「やっぱり!」


 俺は『あ』の一音しか発してないのに、浜路はピグモンにも負けないくらい顔を染めて眉を吊り上げた。


「わ……忘れろぉーッ!」


「ぶべっ!?」


 浜路のぶん回したスクールバックによる急襲、俺はまともに顔面を殴打され蹲った。スマホはギリ落とさなかったのだが、全力でひったくられる。


「ふんっ! こんなもの! こんなもの! こうよ!」


「何してんだよ!?」


「削除ぉー!」


 俺のスマホのメールと送受信履歴を削除したフラミンゴピンク頭は、全ての犯行をやり遂げてからスマホを突っ返して来た。


「はい返す」


「横暴だろ!」


「いいの! 私が書いたんだから私に消す権利あるの!」


 微妙に反論し辛い主張に、俺は咄嗟に切り返しに困った。一秒の隙となった沈黙を逃さず、現行犯フラミンゴピンクは赤い顔のまま喚く。


「物証がないから言いふらそうとしたって無駄なんだからね!」


「いや、別にそんなことしないけど」


「ならっ……ええと、えっと……」


「大事な思い出なんだろ? そんなん冷やかしに触れ回る奴の方が屑で終わるって。しないしない」


「う……うん、ごめん……」


「いいよもう。でも個人情報他人にベラベラ教えない方がいいと思う。思い出話って究極の個人情報だろ」


「ごめん。つい……見付かったの嬉しくて」


 しゅんとしたその表情は、幼少の頃と変わりないものに見えて。甚く感傷を刺激された俺は、もういっかという気持ちになってしまった。男は初恋の女の子に弱い、そういうとこがある生き物だ。全員とは言わないが。


「じゃあな」


「伊藤!」


「何?」


「あの、まだ、これ好き?」


 これと指したのは恐らくストラップでもキャラでもなく、作品自体だろう。勿論、思い出のアニメとして少年心に燦然と輝く名作だ。迷わず頷ける。


「大人になってもずっと好きだと思う。神作品だもんな」


「そっか。そうだね」


 まだ赤い頬のまま、安堵した顔で浜路は表情を和らげた。じゃあねと手を振る姿に背を向け、下校した後のことを俺は知らない。





「……」


 ──大人になってもずっと好きだ

 ──大人になってもずっと好きだ

 ──大人になってもずっと好きだ


「うへへ……れちゃった……」


 咄嗟に自分のスマホで録音した音声を執拗たんねん執拗ていねいに再生しながら、ピグモンに似せたフラミンゴピンクの髪を弄ぶ。


 ──大人になってもずっと好きだ

 ──大人になってもずっと好きだ

 ──大人になってもずっと好きだ


「私もずっと好きだなぁ……へへ、嬉しい。ふふふふふ」


 酩酊状態を思わせる表情で笑み崩れた姿。きっとはしたない、こんなの誰にも見せられないよぉ♡♡♡ 一人以外は♡♡♡♡♡


「えへへ……ピグモンのおかげかも。このボイスは永久保存しちゃう」


 うっかり友達に自慢したくなる。でも我慢我慢、またヤンデレって言われちゃう。折角キャラ作りして明るい子になってるのに。


「伊藤は明るくて可愛い子がタイプなんだから。アタシ頑張るぞー」


 えいおー、と拳を突き上げて、ヤンデレギャルはぴょんと跳ねた。




【完】

─────────────────────────────

世の中にヤンデレギャルのラブコメが少ないのでカッとなって書いた。

同好の士は是非★をお願いします。ヤンデレギャル需要あるよ!絶対ある!

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放課後のテネシティ 波津井りく @11ecrit

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