EPISODE 2

「そうさ。源星に近い星に活かされている命ほど、この世界の真理を知ることになる」



何万年も昔に僕が暮らしていたチキュウは源星からどのくらいの距離にあったんだろう。星くんは沢山あるチキュウの中でも一番源星から遠いって言ってたけど、それってどれくらい?って感じだよ。

 源星に一番近い星からなら、地球から月が見えたように源星が見えるかと思って探したけど見えなかった。この星からでさえ源星は見えない距離にある。



「この惑星で魔法が使えるのも、きっと源星に近いからさ。源星が秘めたパワーは計り知れないねぇ」



すると灰を悪くしていると思われるような咳をした。



「大丈夫」


「ああ、もう長くないってだけのことさ」



 曲がった腰が言うことを聞かず、そのまま顔を上げた老婆は空虚な面で僕を見据えた。



「あんた誰だい」



思いのほか力強く突き飛ばされて、再び水面に尻餅をつく。



「ここはねぇ、涙人の特等席なんだよ。よそ者のあんたが座って汚れでもしたらあの子が泣いちまうじゃないか」



唐突な老婆の豹変具合に開いた口が塞がらない。驚きで身動きが取れないまま戸惑っていると、さっきの魚が頭をひょこっと出した。



「泣け」


「え?」


「ふりでいいから泣くんだ」



魚に言われるままあからさまな嘘泣きをする。すると老婆ははっとしたように血走った眼を見開いて、静かに岩に座った。

 老婆もろごと岩になってしまったかのように一切動かない。



「……なんだったの、今の」


「ご自分の置かれた状況、悲惨な事実から目を逸らしているうちにお年を召して、いつしか事実さえわからなくなってしまったのだ」


「どういうこと?」


「とりあえず一度ここを離れた方がいい」


「わかったよ」



岩のように固まった老婆の寂しい背中を振り帰りながら、魚に先導されるままにその場を離れた。




 ふと空を見上げると、そこには銀河が鮮明に広がっていた。



「この星では空が綺麗に見えるんだね」


「抜かしたことを言うな。お前死神なのにわからないのか」



静かに馬鹿にされているとわかって、答えを聞く前にその言葉の意味を考えてみることにした。



「微かに空が揺らいでいるね」


「いい着目点だな」



手頃な小石を拾い、空に向かって投げてみる。すると空だと思っていた面に波紋が出来た。



「空も地面も水で覆われているの?」


「解を見つけたようだな。厳密に言えば涙人の涙、という設定だがな」



涙人って人のことも気になるけど、設定ってどういうことだろう。



「話を聞きたそうな顔だな」


「ここまで来たら知りたいよ。疑問に思ったまま帰ったらきっと眠れないし」


「長くなるぞ?」



魚の確認するような問いと視線に静かに頷く。それがわからないとこっちも気になっちゃって神の選抜とか言ってられないし。

 魚は泳ぎながら水中で低い声を驚かせた。



「あの方はこの星が誕生すると同時に生を受けられた。源星に近いこのほしには魔力が宿っていて、あの方はその魔力を一身に浴びてご成長された魔法使いだ」


「御伽噺みたいだね」


「先に言っておくがこの話にはおとぎ話のようなハッピーエンドはない」



軽口を叩いたけれど、そう断言されて口を噤んだ。



「どんなに兄弟な魔法を使えても、この星に生目はあの方だけだった。誰かのために魔法を使うことも、支配するために使うことも出来なかった」



それってただの宝の持ち腐れじゃん。僕だったらその魔法でこの星を飛び出して別の星で支配者やってるね。



「そこであの方は始めに、話相手になるしゃべる魚を魔法で生み出し、その魚のために地を水に変えた」


「その魚って君のこと?」



返事はないけど、多分そうなんだろう。



「だが時が流れるにつれ話すこともなくなり、ついに飽きてしまわれた。次にあの方は魔法で家族を創られた」



 家族を創る。

 自分にも当てはまる言葉だった。

 僕には生物学的な母親も父親もいない。兄さんに科学の力で創られた存在。それがどれだけ辛く切ないものなのかをよく知っていた。

 たった一人の兄さんに嫌われないように常に機嫌を窺って、それでも愛されてるかどうか確かめたくてわがままを言って。

 僕は兄さんみたいに人間でないことが人間たちにばれてしまうことよりも、兄さんに嫌われることの方がよっぽど怖かった。

 この魚、自分の代わりをあの老婆が作った時、どんな気分だったんだろう。自分に当てはめて創造しただけで吐き気がする。



「その頃には既にご年配だったあの方は家族の構成員として息子とその嫁、そして孫の涙人を作り出した」



魚は尾ひれを止めて沈んだ。



「あの方は私など見えなくなるくらい幸せそうだった」


「酷いよね。自分が一人ぼっちで寂しいからって、頼んでもいないのに君を作り出しておいてさ」



昔兄さんにも同じようなことを言ってしまった気がする。魚にそう言った後でそのことを思い出して、少し胸が締め付けられる。



「いいのさ。私はあの方を救うことが出来なかったのだから見捨てられて然るべきだ。まがい物の家族に囲まれてあの方が救われるならそれでもいいと思っていた」



透明な魚は黒く濁り、この先の話しが不穏になっていくことを悟らせた。



「しかし、あの方が年を重ねていくごとに魔法の効力が薄れて行った。その証拠に、まずあの方が大切にしていた息子とその嫁が消失した。不幸にもあの方はご自分の状況を理解しておられなかった」


「でもさっきその人たちが自分よりも早く死んだって言ってたよ。ちゃんと理解してるんじゃない?」



魚は頭を左右に振った。

 死んだということは、初めから存在していたということ。生きていたということ。

 けれど作り物に死はない。彼らを死んだと思っている時点で、事実が見えなくなっている証拠だと悲し気に説明された。



「彼らが魔力から成り立つ虚像であrことにも、自身の魔法の効力が薄れていることにも気がついていないのだ」


「ふつう気づくでしょ。仮にも魔法使いなんだから」


「若かりし頃のあの方なら異変に気がついただろうな。年齢のせいもあって様々なことがわからなくなり始めていたんだ。初めはまがい物の家族で幸せを得ているご自分を自嘲しておられたが、いつしかご自分が創り出した」


「でもそれって幸せだよね。不都合なことも辛いことも全部忘れちゃったわけだから」



突如水しぶきがあがり、尾ひれの強烈なアタックを顔面に食らう。



「そう単純なことではない。それならどれだけよかったことか。瀲だがそうはならずに悲劇は続いた」

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