EPISODE 3

 サミエドロは再び研究に明け暮れた。人間の研究を止め、自分という謎多き生命体についての研究を始めた。

 人間というものは神が創造した複雑で理解しがたい生き物だった。強さと弱さを兼ね備え、自分に比べたら全く足りない知力でなんとか生きて行く。時に他者を蹴落とし争って、時に他者と手を取り合いながら未来を切り開いていく。

 それに比べてサミエドロは人間に創られた生き物だ。作りだってきっと人間のよりも遥かに単純なものだろう。

人間のことを調べる上で、先に人間もどきの自分を調べた方が人間を早く知る近道になると考えた。

 サミエドロは長期間研究室に一人こもった。そうすることで集中力を極限まで高めることが出来た。

 鳥の鳴き声も森の音も聞こえない薄暗い部屋の中で、紙にペンを走らせていると不意に頬を何かが伝った。



どうしようもない孤独感だった。

 自分だけが神によって創造されなかった命という疎外感が孤独を生み、それは彼を覆う唯一の敵だった。

同時に感情というものを初めて実感し、会得した。

 感情を得たことはサミエドロにとって良い出来事でもあり、これから巻き起こる悲劇を生む原因でもあった。



○ ○ ○



 人間は生殖し子孫を残すと言うことを知った。

仮に自分が人間との古語もを作ると仮定してみても、研究結果から算出される答えは悲惨だった。

染色体の時点で異常が生じ母体もろとも死に至るか、子が生まれてから母親も一緒にイブのように散るかの二択だった。

 それにサミエドロには子孫を残したいという本能も気持ちもなかった。孤独な生き物、生まれて来てはいけなかった自分のような化け物この代が最初で最後にしたいと考えていた。

 危険な自身の強大な力は、一つ間違えれば人間どころか世界をも滅ぼすだろうと理解していた。ならば自分がこの世を統べる支配者になればいい、とも彼は思わなかった。

 神が生んだ自然という美しさ、その中で生きる人間を含めた生命の儚さに感動した。

サミエドロはむしろ、自分という異質な存在が生きることを許してくれている神に感謝してもいた。

生命の均衡を崩しかねない自分を生かしてくれる神の心の広さは計り知れない。それはきっと空よりも広く、海よりも深いのだろう。

 神に創られた人間によってサミエドロは生み出された。そんな彼に罪はないのにも関わらず、彼は自分を執拗に責めた。




 サミエドロは取り返しのつかない大きな罪を犯すことになる。

 しかし、誰も彼を責めることが出来ないような、悲しい大罪を作り出してしまう。




 サミエドロは家族に憧れた。友人でもいい。

自分と同じ条件で、いつでも傍にいてくれる誰かが欲しかった。

孤独感に切なくなる日々から逃れたくて、自分以外の誰かとの繋がりが欲しかった。

 自分と同じ血液を作る工程の書かれた資料を見つつ、彼は既にそれを完成させていた。

彼自身は血液αで構成されていたけれど、いくつか資料には書かれていない部分があり、完全に血液αと同じものは作れなかった。

きっと生みの親である研究者たちが他所の研究者にこの作り方の情報が漏れても模倣されないよう、あえて肝心な箇所は書かないという工夫をしたのだろう。

研究所内でも恐らく限られた一部の人間しか、この記されていない箇所について把握していなかったはずだ。

わからない部分は別のもので補い、他にも修正を加えるなどして血液βを作ることに成功した。

 暇潰しの一つで過去に完成させていたそれを使うことにした。

 そのまま使用しても構わなかったのだが、彼はひと手間加えることにした。

 彼の血を配分したところで血縁関係のある新生物が生まれるとは限らなかった。逆に血液βに自分の血液αが混ざることで失敗する可能性が格段に上がることも重々承知していた。

そんなリスクを冒してでも、彼は家族らしい証が得られるかもしれない方にかけたかった。

 サミエドロは爪を立てたまま手を握りしめ、血液βの入った試験管に自分の血を数滴たらした。

 成功するなんて端から思っていなかった。でももし成功したなら、こう言うつもりだった。

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