EPISODE 2

「おい、私の方が先に注文していたんだぞ」


「より大金を払った方が先にウサギを手渡してもらえるに決まっているでしょう」



 彼らは他の研究員の死については言及しなかった。失われた命やその原因より、彼らはお目当てのウサギ創造の進捗状況が気になるらしかった。



「ウサギは出来るだけ早く用意できるよう善処しております。もう少々お待ちいただけないでしょうか」




頭を下げる理由なんてわからなかった。けれど考えなくとも体が勝手に動いた。

それはこれがだからだ。自分の意思で動くようなことはなかった。ただ正解をこなしていればいい。



「完成したら電話をくれ」


「畏まりました。お気をつけてお帰りください」



彼らが無事に帰ることは出来ないのだが。



 研究室に戻って軽く踵を踏み鳴らした。それとほぼ同時、轟という音と共に部屋が揺れた。

 研究者たちは自分を創るための資金が必要で、今まであのような方々に頭を下げ、何の面白みもない異常生物たちを創っていたらしい。

 アダム01《自分》が完成した今、それはもう必要ない。

 計画書には自分とイブの完成後、研究の秘密を知った彼らは始末するとあった。

だからその通りにしたまで。

 自分が人知を超えた力を有していることは理解していたので、彼らが送迎車で通る山道の、崖だけが崩れるように力加減しながら踵を鳴らした。

たったそれだけの手間で崖が簡単に崩れてしまうのだから、自分の力に改めて驚く。



○ ○ ○



 彼には人が当たり前のように備えている自我や記憶、他者といった者が欠損していた。

アダム01は自身の年齢が、見た目の容姿からして生まれながらにして二十歳やそこらだと判断していたので、尚更自分にはないものに興味を抱いた。

 通常人間であれば二十歳にもなれば様々な経験をし、そこから学び得ることは多いはずだ。

それに伴い、次々と曖昧になり忘れてしまう記憶という儚いものが生まれては消えたり残ったりするらしい。

アダム01には生まれてから失敗作たちや邪魔者とされる邪魔者たちを処理し、研究に勤しむ記憶しか今のところなかった。

 そのうちアダム01には自我が生まれた。

 あの方々が大金をかけてでも欲しがっていた異常生物たちは、未完成のまま巨大な試験管の中で眠っていた。

彼らは確かに今も生きている。

 アダム01は彼らの遺伝子を元に戻すことにした。その作業をしながら誰にともなく彼は問いかけた。



「これは正しい解なんだろうか」



 異常生物なんかではなく、本来の姿で目を覚ました生き物たちを見ると彼は嬉しくなった。

 一方で彼らが野生で生きて行けるかが心配でもあった。

遺伝子的に問題はない。しかし野生の本能だけは自分がどうにかしてやれることではないからだ。

 アダム01は悩んだ末に彼らを野生に返した。



 自我を持ったアダム01はよく独り言を言うようになった。

彼一人だと当然会話が出来ないため、口で言葉を発する自分と、耳でそれを聞く自分に役割分担することで会話を成立させようとしていた。



「…不便だな」



アダム01は無意識のうちに、自分ではない別の誰かに話を聞いてもらいたいと思うようになっていた。

 異常生物として生まれるはずだった者たちの遺伝子を全て元に戻し終えると、アダム01は人間について調べることにした。

 実際に人を解剖したり実験したりというのには抵抗があった。それよりも彼は今では癖となった資料漁りや文献を読んで何かを知ることの方を好んだ。

 人間というものの実体を少しずつ知るうちに、アダム01は人間と接触してみたいという気持ちを募らせていった。

その思いは日に日に強くなっていき、アダム01はついに町へ出掛けるようになった。

 町で人間たちは皆〝名前〟というものを持ち、その名前というもので互いを呼び合っていた。

そこでアダム01はサミエドロという名前を名乗るようになった。

 人間を近くで観察するようになって、彼らは非情に脆く、弱く、他者との繋がりがなければ生きて行くことすら難しい生き物だと知った。

 喜怒哀楽というものが彼らにはあった。

サミエドロも見よう見まねでマネをしてみたけれど、上手く出来ない。

喜怒哀楽の根源である感情というものを習得すれば上手くいくと考え実行してみるも、それは努力して得られるものではないとわかった。

 サミエドロは研究所で再び研究に明け暮れた。

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