〜マーズハルトの兄妹〜
「アイ、オーン……!
『お久しぶりです、お兄様! この、マーズハルトの面汚しめっ!』
「……っ!? ノルン……なのか!」
驚愕直後に響くそれは、彼の心を大きく揺さぶった。国際チャンネルで放たれた罵倒は、彼にとって切っても切れない肉親の声。すでに名門マーズハルトの本家と
『あなたが本来搭乗するはずだったこのアイオーン……火星の民の守護を成す剣の座を放棄するどころか、マーズハルトでも政府癒着側の分家と共謀するなど名門の名折れ! あなたはもう兄などではない……恥を知りなさい!!』
「言う様になったな、ノルン! だが、お下がりの機体で俺と渡り合えると――」
『黙れ、面汚しがっ!!』
すでに
それにより齎される相乗効果を、予見できぬ名ばかりではないからこその判断であった。
舞い踊る
「太刀筋に迷いがなくなったな、ノルン! だが……そんな時代遅れの武装で、このアイスバーサークと殺り合おうとは笑止千万!」
『勝手な事を! この騎士機を代表する武装は、
半物質化ブレードの太刀筋を辛くも交わし、しかし口角釣り上がる狂犬隊長は実の妹にも油断はなかった。だがさしもの彼も、それを相手にしながら魔爪を相手取るのは至難を極め――
『隊長、これ以上その時代遅れの型付きに手間取ったら、あの爪ヤロウを逃がすっす!』
『こんな事は初めてなの! 我がヴォルケヌス隊が、ここまで苦戦を強いられるなんて聞いてないの!』
『ヒューリー隊長、敵の援軍です! イスケンデルベイを砲撃射程圏内に捉えた艦影あり! こんな超長距離から、戦艦並の大出力艦砲射撃を行う艦船は奴らしかいません!』
魔爪を追わんとする部隊員らも、今までお目にかかった事もない機動兵装を目の当たりにし連携さえも乱された。
イスケンデルベイ艦長を務める、ペジィ准尉も歯噛みする。彼らからした曲者中の曲者が、王女を乗せた魔爪支援に赴いていたのだ。
『ユリン、あーたはすぐにこっちに帰還するのじゃ! 今からこいつがでかいのをブッパする……巻き添えはごめんじゃろ!?』
「ちょちょっ!? それはごめんなんだわ! すぐに帰還するから、船長に当てんなよっ!?」
ほどなく響く
そして、そこから古びた年代物の様相纏う海賊船が、真のヴェールを脱ぎ放つ事となる。
∞∞∞
ヴォルケヌス隊とヴァロック海賊団。
長射程から放つ火砲の威力は、火星正規の宇宙軍艦船でもまず見られない威力。
海賊船の真価はそこからであった。
「デージ! やっこさんに向けて、
「アイ・サー! クロノ・ディバイター発射準備……同時に、艦の擬装をパージするよ!」
「よし! おい、お転婆娘! さっさと射線から退かねぇか! 巻き沿いにすんぞっ!」
『うっさいわ、バカ親父! 今やってるんだわ!』
艦橋で飛ぶ号令に合わせ、古びた擬装らしきものが爆風撒いてパージされ、そこへ姿を現すのは傍目でも明らかな、古代超技術の結晶たる船であった。
『隊長……奴らの海賊船はロストシップです! 加えて、艦主砲を上回る超集束火線砲と思しき、急激なエネルギー上昇を確認しました!』
「おのれ、海賊如きが! 回避だ、ペジィ准尉! 今我らの旗艦を失う訳にはいかない!」
長大な全長はそのままに、流れる様なラインの船体と幾重に折り重なるフレキシブルな左右翼。そこへ双発エンジンと言う偽装時のポジショニングは変わらずであるが、先の古びた感を吹き飛ばす、超技術が生む超大出力メイン・デュアル・スラスターが陽光を反射させた。
さらには、その双発スラスターから前方へと迫り出した一対の大型反応ブレードと思しきモノ。直後それが上下へと分割されるや、膨大なエネルギー上昇を開始させた。
対する狂犬隊長は、仲間よりの緊急入電で戦慄を覚える。飛んだその名はロストシップ……現在同太陽系宙域では、木星圏から特殊任務で出撃した禁忌の聖剣と称されるコル・ブラントと、それと相対する凶鳥 フレスベルグを於いて存在は確認されていない。
それは
時空海賊船の登場で一気に形成が逆転する。
「禁忌のオメガに……ロストシップ、だと!? ふざけるのも大概にしろ! 連合政府が余計な犠牲を
狂犬隊長の声を待つまでもなく、連合政府でも精鋭である部隊員はみな機体のエンジンへ全開をくれる。その隊長が取り乱すが何を意味するかを理解するゆえの、即決即断で。
直後――
申し訳程度にテラフォーミングされた火星の大気を、あらゆる粒子の対反応消滅を伴う二条の超高収束火線が走り抜けた。
刹那……大気を取り巻く素粒子が、超振動により爆風と爆熱を持って空域を貫通してい行く。やがてその反応が落ち着いた時には、周辺へ薄っすら浮かんでいた人工雲さえも弾き飛ばして、赤と青の入り交じる快晴が突き抜けた。
「……ちっ。この集束火線砲射出後の大気組成状況……生命生存圏への影響は、最大限抑えたとでも言わんばかりだな。」
二条の閃光が走り抜け、やがて乱れたモニター光学視界が元あった火星大気を映し出す。同時に弾き出された大気組成は、本来人類の生んだ兵器ならば破壊して当然の結果を遥かに下回る、言わば古代超技術のみが導く事を可能とする結果である。
『た、隊長!? アイス・バーサークがっ――』
「騒ぐな、クローム。単なる俺の避け損ねだ。それよりレーダーを――くっ……すでにロストしたか。悪運だけは大したものだな、元星王国王女殿……。」
そして、二条の閃光を回避した部隊員らは目撃する事となる。今だかつて自分達を率いる部隊長は、あらゆる敵の攻撃を尽く避けきり、圧勝するほどの実力を有しているのを知り得ている。その隊長の駆る機体が、腕部含めた武装を尽く破壊され、それ以外のあらゆる機体システムへ異常を来たした大破に近い状態で滞空していたのだ。
だがその延長上……彼の機体がもし即座に回避していれば、仲間の待つ旗艦が確実に
「この代償は高くつくぞ、海賊共。そして逃がしはせん、生き残りの王女よ。この任務には、仲間と家族の命運が懸かっているのだからな……。」
ほどなく作戦失敗に歯噛みする狂犬隊長は、己が背負う宿業を思わず吐露しつつ――
満身創痍の機体を引き摺る様に、仲間の部隊とその空域を後にしていた。
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