〜マーズハルトの兄妹〜

 狂犬隊長ヒューリーは驚愕を禁じ得なかった。強敵と踏んで挑んだ禁忌の魔爪スカル・ディセクトを前に、敵援軍と思しき者よりの攻撃を受け後退。その援軍に、彼が決して忘れる事などできない白銀の機体が混じり込んでいたのだ。


「アイ、オーン……! Δデルタフレーム アイオーンだと!? 一体誰がその機体を――」


『お久しぶりです、お兄様! この、マーズハルトの面汚しめっ!』


「……っ!? ノルン……なのか!」


 驚愕直後に響くそれは、彼の心を大きく揺さぶった。国際チャンネルで放たれた罵倒は、彼にとって切っても切れない肉親の声。すでに名門マーズハルトの本家とたもとを分かった彼が、一番敵に回したくない存在であったのだ。


『あなたが本来搭乗するはずだったこのアイオーン……火星の民の守護を成す剣の座を放棄するどころか、マーズハルトでも政府癒着側の分家と共謀するなど名門の名折れ! あなたはもう兄などではない……恥を知りなさい!!』


「言う様になったな、ノルン! だが、お下がりの機体で俺と渡り合えると――」


『黙れ、面汚しがっ!!』


 すでに禁忌の魔爪スカルディセクトを相手取る体であった狂犬隊長が、さらに警戒を上げて機体を後退させたのは、己の妹であるノルン・ヴェル・マーズハルトの実力を危険視してのもの。騎士令嬢ノルンの実力は、兄である狂犬が何よりも認めていた事実。それが宇宙人そらびと社会でも古代超技術を除いた、折り紙付き高性能機と称される型付き兵装で現れたのだ。


 それにより齎される相乗効果を、予見できぬ名ばかりではないからこその判断であった。


 舞い踊る白銀の騎士機アイオーン・エルセイバーが、物理斬撃も可能とする半粒子刃製、ナイトブレード片手に推進力に任せて距離を詰める。現在政府軍主流と化した、悪しき象徴とは大きく異なる、あたかも地球中世の騎士甲冑を思わせる、装甲を幾重に備えた重装騎兵を行く出で立ち。機動兵装らしい多連装式の実体弾火砲も数種備え、腕部へ輝く騎士甲冑ならではの実体・粒子攻撃双方を防ぐ大型のラウンドシールドが、攻撃だけではない防御の面でも古き良き威厳を感じさせた。


「太刀筋に迷いがなくなったな、ノルン! だが……そんな時代遅れの武装で、このアイスバーサークと殺り合おうとは笑止千万!」


『勝手な事を! この騎士機を代表する武装は、いたずらに戦火を広げぬ厳しい誓いそのもの! かつてそれを何より重んじていたはずのあなたは、いったいどこに行ってしまった!!』


 半物質化ブレードの太刀筋を辛くも交わし、しかし口角釣り上がる狂犬隊長は実の妹にも油断はなかった。だがさしもの彼も、それを相手にしながら魔爪を相手取るのは至難を極め――


『隊長、これ以上その時代遅れの型付きに手間取ったら、あのを逃がすっす!』


『こんな事は初めてなの! 我がヴォルケヌス隊が、ここまで苦戦を強いられるなんて聞いてないの!』


『ヒューリー隊長、敵の援軍です! イスケンデルベイを砲撃射程圏内に捉えた艦影あり! !』


 魔爪を追わんとする部隊員らも、今までお目にかかった事もない機動兵装を目の当たりにし連携さえも乱された。あまつさえ後方から支援と飛ぶ旗艦にまでも、攻撃が開始される事態に慌てふためく。汚れの部隊ヴォルケヌスを背後より、しかも超長射程からの高火力砲で襲撃するは海賊船であった。


 イスケンデルベイ艦長を務める、ペジィ准尉も歯噛みする。彼らからした曲者中の曲者が、王女を乗せた魔爪支援に赴いていたのだ。


『ユリン、あーたはすぐにこっちに帰還するのじゃ! ……巻き添えはごめんじゃろ!?』


「ちょちょっ!? それはごめんなんだわ! すぐに帰還するから、船長に当てんなよっ!?」


 ほどなく響くお下げな同期ペクリカの言葉で、ひやりと悪寒を感じた船なし船長ユリンが即座に反応し、武装を運んだばかりの輸送ブースターを翻す。



 そして、そこから古びた年代物の様相纏う海賊船が、真のヴェールを脱ぎ放つ事となる。



 ∞∞∞



 ヴォルケヌス隊とヴァロック海賊団。復讐王女フレノイア狂犬隊長ヒューリーと言う因果へ割って入るは、海賊旗掲げた宇宙海賊。その旗艦にして主戦力である古びた戦闘艦が、艦砲射撃で敵旗艦へと迫っていた。


 長射程から放つ火砲の威力は、火星正規の宇宙軍艦船でもまず見られない威力。紅蓮特務艦イスケンデルベイも、それを回避するために火星の空で大きく旋回する。だが――


 海賊船の真価はそこからであった。


「デージ! やっこさんに向けて、時空共振断砲クロノ・ディバイターをぶちかます! ちまちま擬装被って飛ぶのは、今日でしまいだ!」


「アイ・サー! クロノ・ディバイター発射準備……同時に、艦の擬装をパージするよ!」


「よし! おい、お転婆娘! さっさと射線から退かねぇか! 巻き沿いにすんぞっ!」


『うっさいわ、バカ親父! 今やってるんだわ!』


 艦橋で飛ぶ号令に合わせ、古びた擬装らしきものが爆風撒いてパージされ、そこへ姿を現すのは傍目でも明らかな、古代超技術の結晶たる船であった。


『隊長……奴らの海賊船はです! 加えて、艦主砲を上回る超集束火線砲と思しき、急激なエネルギー上昇を確認しました!』


「おのれ、海賊如きが! 回避だ、ペジィ准尉! 今我らの旗艦を失う訳にはいかない!」


 長大な全長はそのままに、流れる様なラインの船体と幾重に折り重なるフレキシブルな左右翼。そこへ双発エンジンと言う偽装時のポジショニングは変わらずであるが、先の古びた感を吹き飛ばす、超技術が生む超大出力メイン・デュアル・スラスターが陽光を反射させた。


 さらには、その双発スラスターから前方へと迫り出した一対の大型反応ブレードと思しきモノ。直後それが上下へと分割されるや、膨大なエネルギー上昇を開始させた。


 剛毅な船長ヴァロックが口にしたクロノ・ディバイターが、それである事は明白である。彼の娘である船無し船長も、慌てて射線から輸送ブースターを退避させた点からして、それが凄まじい威力を発するのは容易に想像できた。


 対する狂犬隊長は、仲間よりの緊急入電で戦慄を覚える。飛んだその名はロストシップ……現在同太陽系宙域では、木星圏から特殊任務で出撃した禁忌の聖剣と称されるコル・ブラントと、それと相対する凶鳥 フレスベルグを於いて存在は確認されていない。


 それは超古代技術体系ロスト・エイジ・テクノロジーが誇る、禁忌の機動兵装と共にあると伝わる失われた船とされていたのだ。


 時空海賊船の登場で一気に形成が逆転する。汚れの部隊ヴォルケヌスは紛う事なく、アレッサ連合宇宙軍の虎の子であり、その名は太陽系のあらゆる宙域へ知れ渡っている。その部隊へ確実に一矢報いる事の叶う、恐るべき戦力がそこへ揃ってしまったのだ。


「禁忌のオメガに……ロストシップ、だと!? ふざけるのも大概にしろ! 連合政府が余計な犠牲をいとわないから、奴らがこの様な恐るべき武力を……くっ! 全機、全力で回避せよっ!!」


 狂犬隊長の声を待つまでもなく、連合政府でも精鋭である部隊員はみな機体のエンジンへ全開をくれる。その隊長が取り乱すが何を意味するかを理解するゆえの、即決即断で。


 直後――

 申し訳程度にテラフォーミングされた火星の大気を、あらゆる粒子の対反応消滅を伴う二条の超高収束火線が走り抜けた。


 刹那……大気を取り巻く素粒子が、超振動により爆風と爆熱を持って空域を貫通してい行く。やがてその反応が落ち着いた時には、周辺へ薄っすら浮かんでいた人工雲さえも弾き飛ばして、赤と青の入り交じる快晴が突き抜けた。


「……ちっ。この集束火線砲射出後の大気組成状況……生命生存圏への影響は、最大限抑えたとでも言わんばかりだな。」


 二条の閃光が走り抜け、やがて乱れたモニター光学視界が元あった火星大気を映し出す。同時に弾き出された大気組成は、本来人類の生んだ兵器ならば破壊して当然の結果を遥かに下回る、言わば古代超技術のみが導く事を可能とする結果である。


『た、隊長!? アイス・バーサークがっ――』


「騒ぐな、クローム。単なる俺の避け損ねだ。それよりレーダーを――くっ……すでにロストしたか。悪運だけは大したものだな、元星王国王女殿……。」


 そして、二条の閃光を回避した部隊員らは目撃する事となる。今だかつて自分達を率いる部隊長は、あらゆる敵の攻撃を尽く避けきり、圧勝するほどの実力を有しているのを知り得ている。その隊長の駆る機体が、腕部含めた武装を尽く破壊され、それ以外のあらゆる機体システムへ異常を来たした滞空していたのだ。


 だがその延長上……彼の機体がもし即座に回避していれば、仲間の待つ旗艦が確実に集束時空砲クロノ・ディバイターの直撃を受ける位置にいた。即ち、機体へ備わる防御フィールドの類へすべての出力を振って、あの猛烈な閃光の一撃を逸らしていたのだ。


「この代償は高くつくぞ、海賊共。そして逃がしはせん、生き残りの王女よ。……。」


 ほどなく作戦失敗に歯噛みする狂犬隊長は、己が背負う宿業を思わず吐露しつつ――



 満身創痍の機体を引き摺る様に、仲間の部隊とその空域を後にしていた。

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