〜フレーベル女学院の日々〜
フレーベル女学院に通う生徒の大半が、共同寮へと寄宿する生活。結果、私達は帰宅と言いつつ寮への帰路を辿るのが日課だった。
その寮もクセフ区画内に存在し、開閉式ドームを持つ大型シェルターに包まれたそこは、広大な半地下へ建設された小規模都市部を形成する。学園所有施設はその近郊に集中しており、帰宅する私達も、そこまで行き来する生活には慣れたもの。
けど私は――
「ふーたんはもう、寮の生活には慣れたのじゃ? いろいろ事情ありありは、大変じゃろう?」
「……ペクリカ、声が大きい。ここは生徒達しかいないけど、盗聴とかされてたら厄介。謹んで。」
「うわ、流石は名門の出。ノルン、ちゃんと騎士団してる。」
「からかうなって、ユリン。むしろそれ関係なく、この子は気を付けなくちゃだから。」
素敵な学友達との寮生活。各自二人づつでお部屋を共有する中で、たまに寮のロビーで寛ぐのが日課だけれど、皆が私の事を心配してくれる理由は二点あった。一つは私が、ペクリカの言う通りの事情ありありな点で、もう一つはこの学園そのものの裏の顔こそが関係していた。
「こらあんた達、あんまりこのロビーを私物化すんなよ〜〜。ただでさえあたしらは肩身狭さに、一箇所へ詰め込まれた生活が常なんだ。その辺は
「「「「はーい!」」」」
と、私の話題で盛り上がる空気へ水を指したのは、たまたま通りかかった寮長のシェーン・バシマーさん。姉御肌で私達のお世話を焼いてくれる素敵な大人の女性。学園からの要請のもと、ここで有志からの協力を惜しまぬまさに女傑なお人だ。
そんな女傑寮長さんのお小言を浴びながら、それぞれの割り部屋へ足を運ぶ私達。学年別に棟が異なる中で、下級生が同じ様に帰宅するのを視界に入れながら、私は同じ部屋のユリンへと話を振った。
「……授業中、また夢見ちゃった。もう何度目か分からないけど、その度に先生に怒られるのは問題だよね……。」
「はぁ……あんたも大変ねぇ。船長なんか、面がら年中脳内ピンクで妄想だらけなんだわ。」
「そんなピンクな内容は見てないんだけど??」
いつもの会話。ユリンはいつもこう言う、ちょっと百合園お花畑な妄想に
私が話す夢。私が、話せない夢の内容まで察して。
そんな自分を船長と呼称する、船も無い船長さんとともにクスクス笑いながら相部屋を
「おーい、ふーたん風呂入って寝ろーー! レディはちゃんと風呂に――」
「じゃあたまにしか入らないユリンは、レディじゃないんだ。」
「だからぶち壊すぞっ……。センチョーはー、レディーですーー!」
「……分かったよ、お風呂に入る。」
そんな眠気も吹き飛ぶ、定番のキレ芸も可愛いユリンとの楽しい会話を惜しみつつ、レデイでなくなるといけないのでさっさとお風呂へ入る事にした。まあ寮内は結構水資源の制限が厳しいので、シャワーを軽く浴びる程度。汗ばんだ学園制服をカゴへと預けた私は、船無しさんに怒られる前にとシャワーで身体の汚れを落としにかかっていた。
「……みんないつも優しくしてくれる。私がここにいれば、きっと危険が向こうから飛び込んで来るかも知れないのに。みんなはそれを分かった上で、ずっと接してくれてる……。」
熱いシャワーが顕わとなる胸や脚を滑り落ち、その音で聞こえ辛いだろうと心の不安が吐露してしまう私。あのフレーベル女学院の友人達は、私が訳ありなのを知っている。そう――
私が、すでに解体・滅亡させられた星王国の王女である事を……知っているはずなんだ。それでも受け入れられる今には幸せと、同時にとてつもない恐怖を覚えてならなかった。
その大切な人達が、また奪われてしまうのではないかと言う止めどない恐怖を。
∞∞∞
火星はかつてのマルス星王国による平和統治により、古から続くレムリア・アトランティス種の歴史を受け継いで来た民族柄を有していた。しかし王国滅亡を機に、アレッサ連合国家群がそれらを解体・占拠してからは、受け継がれたそれさえも追いやられる惨状へ変わり行く。
そんな中――
元星王国中枢都市であった、オリンパス山麓一帯を支配したアレッサ連合国駐留軍は、さらなる任務のために宇宙軍へ支援部隊追加を要求した。任務とは他でもない旧星王国に関わる任務であり、そのためだけに抜擢された宇宙軍特務部隊が占領区へと舞い降りる。
火星の第二秋期、中頃の事である。
「はるばる宇宙からの支援任務に感謝いたします。これであの噂の真意も明るみになると――」
「噂の真意も明るみ、だと? お前達は我らヴォルケヌス隊を、ただの道化か何かと勘違いしているのではないのか? そんな不確かな情報で我らを動かした罪、この場で払ってもらっても良いのだぞ?」
「ここ、これは失言でした! 我らとしても、そちらの都合が付き感謝しかありません。駐留軍からも物資の援助は惜しみませんので、どうかそれで手打ちを……。」
「……まあいいだろう。作戦室へ案内しろ。」
連合軍駐留区へ一隻の宇宙艦艇が降り立ち、数名の部下を率いて地上側のお偉方との邂逅を果たした者が、相手の第一声へ険しい表情のまま嫌味を返納する。思わず口走った言葉を訂正する様に、あたふたと取り繕うお偉方はお飾りか。口にする言葉を誤れば、己が窮地に立たされると察するや媚びへつらう姿に、毒気を抜かれた者も案内を即した。
事をニヤけた面持ちで傍観する者。あくまで任務と平静を装う者。それら曲者揃いの一団の取りまとめと思しき者が、先頭を行く影に追従した。浅黒い肌に鋭い双眸の影。サークレットでまとめた頭髪を垂らし、片目を隠す様相で、軍人らしき引き締まった体躯も、着崩した独自の軍服が目新しいそれは男性。
お偉方へ案内されながらも、連合軍の駐留する周辺の環境を隈なく観察していた。
「ヒューリー隊長……すでにここは、連合国による圧政の影響が顕著です。この一帯で拿捕された王国民も――」
「今はそれを口にするな。我らは任務遂行のためにここにいる。それ以上の詮索は身を滅ぼす事になるぞ。覚えておけ、ペジィ准尉。」
「あ、アイサー!」
火星アレッサ連合傘下となる宇宙軍には、正規軍の影に隠れて暗部の汚れ仕事に従事する部隊が存在した。名をヴォルケヌス隊と冠したそれらは、軍部でもそうそうお目にかかれぬ最新鋭艦……それも近年アレッサ連合属国による発掘の進む、古代火星超文明遺跡を起源とした技術で建造された得物を与えられていた。
最新鋭高速戦闘艦艇〈イスケンデルベイ〉擁する彼らを指揮するは、おおよそ軍人らしからぬラフな容姿も、部下を敬愛する姿は上官としても優秀と言える男。火星宇宙軍所属の部隊長、通称〈汚れのヒューリー〉ことヒューリー・ブロウ少佐が駐留軍に見え隠れする不甲斐なさを感じつつ、あくまで己に課せられた任務全うに終始する。
視界に映るは、駐留区で連合軍の物となった施設外に立ち並ぶ機動兵装群の影。眉を
「(一昔前までは、エリート兵装乗りの家系であるマーズハルト家の
「(文明進化と
そんな彼の思惑など予想もしない連合政府の使いっぱしりは、重要どころの件を任せる部隊へ粗相のない様にと饗していた。重要案件――
星王国の生き残りとされる、たった一人の少女生け捕りと言う汚れ仕事を任せるために。
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