ケンランカマキリ

摂津守

ケンランカマキリ

 ケンランカマキリという虫がいる。

 その名の通り玉虫色に輝くメタリックなボディを持った豪華絢爛なカマキリだ。


 しかしこいつ、実は見た目がビミョーにカマキリっぽくないのである。


 見た目も他のカマキリに比べてどこかのっぺりとして扁平だし、猪首でスタイルもあまりよろしくない。色が絢爛じゃなかったらどこにでもいる気持ち悪い虫の一種としか思われなさそうなやつなのだ。


 もう一つ、カマキリらしくない点がある。

 こいつは他のカマキリと違って動きが早いのだ。


 カマキリという生き物は「退かぬ」「媚びぬ」「省みぬ」の三拍子揃ったやつで、自分の数百倍大きい生物に対しても、逃げることなく向かってくることもままある命知らずなやつらであり、逃げることを知らないということは逃げる必要性がないというわけでもあるから、たとえ逃げる場面であっても逃げ足は昆虫類の中でも最底クラスに遅いし、小型のカマキリ以外は羽があるくせにろくに飛べなかったりする。


 ところがケンランカマキリは早い。しゅるしゅる走り回る。というよりカサカサ走り回る。扁平なフォルムと相まってその挙措動作はまるでゴキブリを思わせる。


 そんなどこかゴキブリっぽいケンランカマキリだが、実はカマキリの祖先はゴキブリだってご存知でしたか? 実は両者はわりかし近縁種なのです。


 そしてケンランカマキリは生きた化石と言われるほど原始的なカマキリで、まだまだゴキブリらしさを残しているというわけです。


 それだけじゃありません、ケンランカマキリは交尾もゴキブリスタイルなのです。ごく一般的なカマキリの交尾はオスがメスの背に乗るいわゆる「バック」スタイルですが、ケンランカマキリは互いに反対方向を向き、おしり同士をくっつける古来よりの伝統的ゴキブリスタイルなのです。


 そんなケンランカマキリが一体どのようにしてゴキブリから進化を遂げたのか、筆者はその答えをついさっき自室で寝転んでいるときに唐突に発見しました。


「そうか! ゴキブリホイホイだ!」


 そうです、ゴキブリホイホイなのです。


 今まで餌を探すために素早く動き回ってきたゴキブリですが、ゴキブリホイホイに引っかかっているときにふと思ったのです、


「ゴキブリホイホイみたいに獲物が来るのを待ってた方が楽だし効率いいんじゃね?」


 と。


 そうして彼らゴキブリは石川ひとみのように獲物の来る場所に潜み待ち伏せすることにしたのです。私、(獲物を)待つわ、って。


 石川ひとみ戦法をしているうちに彼らの前足は太くたくましく、獲物を捉えるのに相応しい形態へと進化を遂げていきました。彼らはさらなる進化を求め、さらにゴキブリホイホイへの思索を深めます。


「やつらがゴキブリホイホイなんて意地の悪いトラップを仕掛け、我らの仲間を生きたまま大量に捕らえるのは、やはり我らが美味しいからに違いない。ひと目見て、不味いと思わせるようにならなくては」


 そこでゴキたちは退色を鮮やかな玉虫色へと変化させたのです。

 こうしてケンランカマキリは生まれたのですね。


 まさか『不快』という理由だけで仲間たちが捕殺されているとは、さすがのケンランカマキリも考えつかなかったようです。まぁ、勘違いとは言え、美しくなれたのだから問題ないでしょう。


 それに、勘違いから始まる美しさなんてよくあることでしょう?

 たとえば恋愛だったり、ね。

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ケンランカマキリ 摂津守 @settsunokami

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