第14話 アステカのタイヒミュラー空間

「おいおい、ここはどこなんだ!」


 猿田が叫んだ。

 大きな声もむなしく広大な空間に消えた。


 真っ白な床と天井。

 何も無い東京ドームのような空間が広がっている。


 俺と猿田。

 3兄弟。

 店主の6人だけ突然この空間に飛ばされたようだ。


 よく見ると俺達が立っている中央の場所は祭壇状になっている。


「ま、まさか。アステカ様のたたり……」

「いや、違いますよ」


 なぜならさっきからずっとアラートが発令したままだからだ。


「サーベイランス招集! アラート発令! アウトブレイク! アウトブレイク!」


 猿田も俺の方を見てうなづいた。


「猿田。店主と兄弟を守ってくれ。俺は少し調べてみる」


 猿田は黄金の鎧を身にまとうと店主と兄弟をかばうように立った。

 

「よし。とりあえずは力技だけど」


 俺は1人だけ離れてドームの壁に来た。


「たああ!」


 レベル35の力で思いっきり剣を振り下ろした。

 壁に剣がめりこむ。


「う、うわっ!」


 剣はそのまま壁に吸収されてしまった。


「こ、ここは……」


 少なくとも今の俺のレベル35ではステータスがわからない。

 だが、あきらかに魔物だ。

 この壁だけでなく空間自体が何かの魔物の体内の可能性がある。

 

 俺は中央に戻ると猿田に話しかけた。


「ここは魔物の体内の可能性がある」

「ああ、見てたぜ。そう考えるとこのアラートも合点がいく」

「攻撃した剣は一切通じず吸収されてしまった」


 俺と猿田は店主と兄弟を守って攻略法を考えつつ、救助を待つことにした。


「に、にいちゃん。俺たち帰れるの?」


 一番小さい兄弟が泣きそうだ。


「アワ! 心配するな!」


 二番目に小さい兄弟がなぐさめている。


「ツブ! 偉いぞ。俺も居るからな」


 三番目の一番大きい水槽につっこんだやつが力強く言った。


「アワ! ツブ! ヒコ! 偉いぞ!」


 猿田が三兄弟の頭をなでながらほめている。

 こう見ると猿田もいい兄貴だ。


「けど、本当に出られるのか……」


 店主が弱気に言った。



---



 ステータス画面。

 視界の一番上の左に時刻が表示されている。

 この空間に入ってから3時間が経過した。

 未だに有効な解決策が見つからず連絡も無い。


 アラートは鳴ったままだが頭の中で音が響き続けるのはつらいので音量をオフにした。

 アラート中の文字だけが視界の端に表示されている。


「猿田。気づいたか?」

「ああ」


 俺の問いかけに猿田はうなづいた。

 ドーム状の空間があきらかに小さくなっていってるのだ。



---



 5時間が経過した。

 そろそろ喉もかわけば腹も減ってくる。

 こんな何も無い空間で過ごすには限界の時間になってくるだろう。


 何より空間が加速度的に縮まっている。

 このままでは全て押しつぶされてしまう。


 現在の俺の全力。

 レベル257。

 この力を発揮すれば、一気にこの空間を破壊し脱出できるかもしれない。


「仕方ないか……」


 そう思った瞬間、頭の中に声が響いた。


「大丈夫! ヒサシ君!」

「ミキ!」

「アンタ達、何やってんの?」


 ミコトの声だ。


「おせーな! 優等生!」


 猿田が答えた。


「今、俺たちは閉じ込められている」

「んなことはわかってるわよ。こちらの音声を全員が聞けるようにしなさい」


 通信内容は俺を通してこの場の全員に聞こえるようになった。

 ミコトが説明し始めた。


「アンタ達はアステカのタイヒミュラー空間という場所に居るわ」

「な、なんだよ。それ」


 猿田がまっさきに答えた。

 俺も正直まったく聞いたこと無いので助かる。


「ちゃんと物理と数学ぐらい勉強しなさいよ。

 要するに亜空間よ。

 アンタ達の居る場所、こちらからは電子顕微鏡でも見ることができないほど小さいのよ。

 それで通信確立するのも時間が、かかったってわけ。

 まあ、アタシほどの天才じゃなければ1年はかかってたわね」

「おい! なんでもいいからここから出してくれよ!」


 猿田がミコトの話をさえぎって叫んだ。


「それは今計算中よ」

「計算中?」

「そうよ」

「それ、何もわかってねーってことじゃねーか!」

「うるさいわね。ちょっとまってなさい」


 猿田とミコトが言い争っている横から声がした。


「生贄じゃ!」

「ちょっと、おばさん!」


 ミコトが驚いている。


「大(おお)ババア!」


 店主が近寄ってきた。


「みな。聞きなされ! アステカ様はお怒りじゃ。

 このままでは全員その場で野垂れ死にじゃ。

 生贄をささげよ」

「い、いけにえ!」


 全員の声が合った。

 

「虫でも何でもいいんじゃ。生きているものなら」

「それで毎年、生きたサンマを生贄にしていたんですか」


 大(おお)ババアは意外なことを言った。


「ミコト! 小さな虫でも何でもいいからこちらに送れないか?」


 猿田が言った。


「無理ね。プランク長以下の超微小空間。通信するのに精一杯」


 ミコトは冷静に言った。


「そうだ!」


 俺は猿田が道具袋に入れたのを思い出した。


「猿田! 金魚を道具袋に入れてただろ! まさか死んだりしてないよな」

「おい! ヒサシ、お前の安物の道具袋と一緒にするな。

 俺の道具袋は超レア。

 袋内の時間が1万分の1の時間で進んでいて生き物から食べ物まで完璧なほどにそのままの状態で保存できるんだ」

「そんな説明はいいから金魚をだしてくれ」


 猿田が金魚の入った袋を取り出すと袋の中で金魚は元気に泳ぎ回っていた。



---



「よし。まずは一匹」


 猿田が金魚を取り出しドームの壁に投げると穴が開いた。

 

「ボウズ達には行かせられない」


 店主が穴に入ると壁は何もなかったかのように元に戻った。


「ヒサシ! 成功よ!」


 ミキが興奮気味に連絡してきた。


「ボウズ! 大丈夫だ! みんな来るんだ」


 俺と猿田は顔を見合わせアイコンタクトを取った。


「よし! 次はお前たちだ」


 猿田はそう言うと兄弟を送り出した。

 金魚を壁になげ穴があき1人目アワが入った。

 金魚を壁になげ穴があき2人目ツブが入った。


「おい。ヒコ。これ持って行ってくれ」


 猿田はヒコにサンマを渡した。


「一番下の妹のアメに渡してやるんだ。自分で食うんじゃねーぞ」

「おう! 兄ちゃんも早くもどってこいよ」


 金魚を壁になげ穴があき3人目ヒコが入った。


「みんな無事戻ってこれたわよ。

 早くアンタ達も来なさい」


 ミコトの声に俺と猿田は黙ってしまった。


「すまない。金魚は残り一匹。どちから1人しか出られない。待っててくれ」


 ミコトの止める声をたちきり通信を遮断した。

 俺と猿田の残された空間は6畳の俺の部屋ほどまでに小さくなっていた。


「なあ、ヒサシ。あとは頼んだわ」


 猿田は顔をグシャグシャにして泣きながら言った。


「猿田、お前、お前にはたくさんの兄弟いるだろ」

「ヒサシ、お前は母親と2人暮らしらしいじゃないか。オレの両親は第一波ファーストウェーブで2人とも行方不明だ。オレのところは兄弟多いし兄貴も頼れるから大丈夫だ」


 猿田は震えながら残り一匹金魚の入った袋を手渡してきた。


(コイツ、両親なくして兄弟だけで頑張ってきたのか……)


「わかった」


 俺は金魚を壁にほうりなげた。


「おい! なにするんだ!」


 そして猿田をつかまえると穴に放り投げた。


「おい! ヒサシ!」


 猿田の叫び声は閉じていく穴と共に消えた。

 空間は、ヒト1人も入れないほどに迫ってきた。

 このまま押しつぶされる勢いだ。


「さあ。来い。全力だ!」

「リリース!」

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