第8話 悪役令嬢VS幼馴染くん♂

 意識がぶっ飛んでいるなじみに代わって、現在なじみの身体を動かしているのは悪役令嬢のアクーヤ様。なじみの意識の中から外の世界を見ている時は、彼女に言わせると窓の外の景色を見ているような感じ…現代人的に表現するのなら、モニタに映る映像を見ているような感じと表現するのが適切かもしれない。そんな状態だったせいか、なじみの身体の主導権を握ったアクーヤにとって、自らの足で歩き、自分の目で景色を見られると言うのは、ある意味で"久しぶり"の感覚であり、新鮮な感覚でもあった。


(内側からだと良くわかりませんでしたけれど、なじみは元々のわたくしよりも背が低いようですわね)


 視線の高さが変わるとやはり不思議な感じがする。自分だってこのくらいの背の頃もあったはずなのになんて懐かしく思いつつ、異世界の景色を楽しんでいた。


(この世界は本当に平和なんですのね。……成人未満の子供が通う学び舎とは言え、貴族の子息同士のような上下関係や小競り合いも見られませんし…………)


 自分が暮らしていた世界のような煌びやかさこそないものの、この世界は平和過ぎるほど平和で、穏やかなものに感じた。

 そして、こんな世界で生まれ育ったからこそ、なじみのような良くも悪くもお人よしな娘が出来上がってしまったんだろう なんて考えたりもした。

 アクーヤにとってなじみは、正直なところイライラする存在だった。

 自分の考えや行動についてもいちいち自信を持てず、なにかとウジウジする。すぐに謝るし、本心ではそう思っていなくても、相手が強い意見を言うと折れてしまうところ。そのくせ後悔をしがちなところ。何もかもアクーヤには理解できなかった。

 けれど、彼女の体の中で彼女と共に過ごしたことで少しずつ彼女への評価も変わっていった部分もあった。


「なじみ!」


 保健室を出て中庭の近くまで歩いてきていたアクーヤを呼び止めたのは聞き覚えのある声。アクーヤは足を止めて、声の方を振り返る。


「—…と、あら……」


「なんでこんなところにいるんだよ。お前、保健室に運ばれたって―………」


 動揺した様子で駆け寄ってくるのは、幼馴染くん♂だ。あの後、慌てて追いかけてきたのか、体育着のジャージのままだ。


「……」


 アクーヤは相手が彼だと気が付くと、あえて口を結んで黙ったまま、じっと幼馴染くん♂が近くまで駆け寄ってくるのを待った。


「…大丈夫なのか!?頭を打ったんだし、ちゃんと寝てないと………」


 幼馴染みくん♂は、本当に心配そうにおろおろと、他に怪我がないかも確認しているのか、なじみの頭の先から足の先まできょろきょろと見回している。

 自分を庇って倒れてしまったからこその行為だとだとわかってはいるものの、普通だったら女性に対しこんなジロジロ不躾な視線を向けてくるなんて万死に値しますわよと、アクーヤは黙ったまま幼馴染くん♂を値踏みするように見つめ返している。

 しかし幼馴染くん♂は、そんなアクーヤの冷たい眼差しにも気が付かない。ただ、彼女が黙り込んで返事の一つもしないことにだけ不安を覚えているようだ。


「…………?……やっぱり何処か痛むんじゃないか?保健室に戻った方が……」

「………」

「………俺を庇ってくれて怪我をしたんだもんな。…ごめんな」


 長い沈黙に耐えかねたのか、幼馴染くん♂は決まり悪そうに髪を掻きながら頭を下げた。


「………なじみを心配してここまで来ましたの?」

「……え、あ…うん。当然だろ…」


自分のことを"なじみ"と他人のことのように言うのも、"来ましたの?"という言葉遣いにも違和感を感じつつも、ようやく口を開いたなじみに、幼馴染くん♂は驚いたように顔をあげた。

 その表情は少しだけほっとしたような安堵も混じっているのが見て取れた。


「…そう。ちゃんとその辺りはまともな神経を持っていますのね…」

「…なじみ、やっぱりちょっと様子がおかしいぞ。俺も行くから一緒に保健室に―――」

「———おかしい、ね」


 普段のなじみとは全く違う冷ややかな声に、幼馴染くん♂は思わずびくりとした。


「…"幼馴染同士だから、お互いのことをなんでも知っている"みたいに錯覚しがちですけれど、……そんな風に油断していると、気が付いた時にはもう相手が"自分の知らない誰か"になってしまっている…なんてこともあるかも知れませんわね」


 これは幼馴染くん♂に対してと、恐らくはなじみに対しても…の皮肉だろう。なじみにとっては、失敗して通り過ぎた過去でもあり、アクーヤ自身、幼馴染でもあった婚約者に裏切られている、自分自身への皮肉でもあったかもしれない。


「それは、どういう意味—————」


 戸惑いと動揺を隠せないまま、アクーヤの言葉の意図を確認しようと幼馴染くん♂が口を開こうとしたその瞬間、アクーヤの意識は奥へと無理やり押し込められるような感覚に襲われ、そのまま体の主導権を奪われてしまった。

 同時に、表に出てきたのはなじみだ。


「…………アクーヤさんっ!!幼馴染くんに変なこと言わないで!!!」


それはアクーヤが見たこともないくらいの剣幕だった。そして必死だったのだろう。頭の中で言うのではなく、実際に口に出してしまっていた。

目の前に立っているのは幼馴染くん♂。


「なじみ…」


ぽつりと名前を言う幼馴染くん♂の声色もまた、なじみが今まで聞いたことがないくらい、戸惑いと不安に満ちたものだった。



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負けヒロインちゃんのやり直し!~二周目の青春は悪役令嬢と共に~ 夜摘 @kokiti-desuyo

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