節制の歌姫《ステラ》の日常

あさひ

第1話 夢があった・・・ はずの場所

 陽が高い

もうそろそろ正午を超える

昼ご飯の時間だ。

「今日のご飯は?」

 嬉しそうに台所に問いかける

しかし茹だる気温でドンっとしか返す気力もないらしい。

「お腹空いたぁ~っ!」

 さすがにイラっとしたのか

とぼとぼ歩いてきた

そして生の乾麺を目の前に置いてくる。

「美味しい…… よ……」

 目の前の乾麺にようやく

台所のしんどさが伝わってきた。

「静かにしてます……」

 数十分でそうめんが茹で上がる。

「めんつゆは何分割?」

「いつものでいいわよ」

「へーい」

 いつも通りの五分割にして

二人分用意した。

「ねぎはそこにあるからね」

 不愛想だが親切に教えてくれているのが

ホシミマチカの母親にして歌姫だった

星海町子ほしみまちこ

伝説の一人である。

「ありがとー」

 適当ながらに真面目ではある

ホシミマチカこと街端はいつもどおりに

ほぼニートだった。

「前言ってたライブハウスはどうするの?」

「え? うけたよー」

「受けた? なんでここにいるの?」

「なんでって……」

「今日でしょ」

「何が?」

「ライブハウスのオーディションよ」

「まじでー」

 そっと指さした方向を見ると

カレンダーに花丸が書かれている。

「え……」

「まさか……」

「そのまさかだよー」

 顔面蒼白になる町子は

そうめんをほったらかして

すぐに着替え始めた。

 それを見て

街端も用意をドタバタ始める。

「なんで言ってくれないのー」

「今言ったでしょ?」

「おそいよー」

 そんなこんなで

町子に車を出してもらい

ライブハウスに着いた。


 茹るような夏の気温は

あからさまに参加者の気力を削ぎ

早くもライブハウスの試練を繰り出している。

「まだかよ」

 一人でボヤくおじさんがいた

 そんな中で星海街端を乗せた町子が

急いで引っ張ってきた。

「すみません……」

「おっ! 町じゃねえか!」

「すみませんー」

「ようやく来たか……」

「枠はうまりましたか?」

「ああうまったぜ」

 残念ながらライブハウスの定期出演者は

決まってしまっている。

「残念だが時間守れないのは新人ではいただけないな」

「ベテランだったら……」

「ベテランはあんまりそういうミスはしないな」

 これは地雷踏んでしまったという顔になる

星海におじさんも気づく。

「そうよね……」

「町のことじゃねえよ」

「いや唐を一人で待たした」

 とうと呼んでいるのは

重森唐多しげもりとうた

星海町子のバンドメンバーだった。

「あの時は町端のことだからしかたねえよ」

「私?」

「あの時は出産の時だったんだよ」

「生まれるときか……」

 スケジュールを組む方が組む方だが

自身でそうしたのだからしかたない。

 そんな昔話をしていると

定期出演が決まったバンドが挨拶しに来た。

「きょうから……」

「げっ……」

「げっ? どうしたんだ遅刻の大物歌手様」

 定期出演バンドに決まったのは

ライバルと言う形で競り合っていた

バンドの女性である。

「まさかこんな形で決まるなんてね」

「そうだねー」

「一応、歌ってきなさいよ」

 こんな形でライバル対決が

幕を下ろすことになるとはだれも思うまい。

「しかたない見事に敗れますか……」

 ステージに駆け足で上がっていくと

マイクに手をかけて……

「わたしは~ こんなだけど~」

 歌い始めると参加者と片づけを行っていたスタッフが

動きを止める。

「なんだ……」

「なんで……」

 スタッフは片付けの手を止めて

聴き入ってしまった。

「せかいを~ かえてみせる~」

 歌の途中ながら

オーディエンスが増えていく。

「誰ですか? とうさん」

 とうだからであって父ではない

スタッフの中の一人が聞き入りながら

質問をぶつけてきた。

「俺のバンドメンバーの娘さんだよ」

「町子さんの?」

「そうなのよ」

「えっ? 町子さん? サイン……」

 慌てふためくスタッフを横目に

町子は残念な娘を誇らしく見つめる。

「またうまくなってる」

「そうだねぇ」

 しみじみと噛みしめている

なんで定期出演にできなかったか

悔やんでいるが悪いのは星端であり

ライブハウスは悪くない。

「だから~ ゆくの~ あしたえとっ」

 拍手がちらほら鳴り始めると

拍手喝采になっていく。

「ありがとー」

 ステージから降りてくると

ライバルだった女性に戻ってくる。

「ごめんねユキちゃん」

「ほんと最後にかましてくるね」

 阪東雪ばんどうゆき

唯一の高校同級生だった女性で

星端にため口で喋れる一人だ。

「ここは任せたよ」

「任された……」

 星端は実のところ遅刻ではない

忘れていたのも挨拶だけで

定期出演者を狙っていない。

「あんたは東京でも行けるよ」

「かましてくるよー」

「スローだねぇ」

「すろぅだよ」

 ははっと笑い合う

その様を見てほらなと目で合図する。

「そうね……」

「今がこんなに成長したんだよ」

 過去のことを思い浮かべた

【今がきっと私たちの夢を叶えるんだ】

 東京で敗れた町子たち

でも星端が叶えてくれるはずだ。

「叶えるのは私たちではなかったけど」

「この子ならいける」

 田舎のライブハウスで

決意とゆるりの別れが幕を閉じる。

 それは夏の終わり残暑が残る

そんな山が近いライブハウスは平穏に閉じる

喧騒もほぼ無くただゆるりと……


 けたたましい目覚ましが鳴り響く

朝の七時だ

近所迷惑だとは思われる

しかし住人がいればの話だ。

「今日の遅刻はなーい」

 過去に大遅刻してから二度としていない。

「とりあえず朝ごはんたべるー」

 テレビはないのでスマホのラジオを聴きながら

ニュースを知る。

「今日は晴れか」

 天気予報が流れる頃には

身支度は終わりドアに手をかけていた。

「行ってきまーす」

 ドアの鍵を閉めると

ドタドタと鉄階段を降りる音がする。

 最寄りの電車に乗り

ライブハウスに一番近い駅で降りた。

「とうちゃーく」

「おっ来ましたね」

 この度はとよくある挨拶を済ませ

ライブハウスに案内される。

 よくあるライブハウスだが

不思議なものがあった。

 ミラーボールだ

昔の時代の名残りであるのだが

落ちてこないかが怖い。

「あれは外さないんですかー」

「そのうちねー」

「そうですかー」

 通過儀礼のようなものなのか

テンションで勘違いしたのか

適当に返される。

「ここで歌うんだよね……」

 独り言で

心配なことを吐露した。

「実は…… あと一年で取り潰しです」

「へえー いちねん…… ん?」

「取り潰しです」

「え? 一年と言う話ですけど……」

「ギリギリですね」

 一年で取り潰しと

言うニュースを今初めて聞く。

 案内していたおばさんが

説明の途中でしげしげと頭を下げた。

「いえ謝られても……」

 違うようだった。

「これはこれは」

 後ろから年上の男性の声が響く

演歌歌手のようだが演歌歌手である。

「星海街端さんですね」

「そうですけど……」

「ここは夢を叶える場所ですよね」

「まさか…… 再建出来たら?」

「正解ですよ」

 ライブハウス「星」

の再建が今に始まった。

「なんだ?」

「なんですか?」

 疑問に疑問で返す。

「俺は橋下ってんだけど」

「じゃあ橋下さんなんですか?」

「俺に物怖じしないとはな……」

 存外にも驚いた様子で

星端を見た。

「新しいオーナー補佐様がこんな女とはね」

 オーナー補佐というのも

初めて聞く。

「オーナー権限もですか?」

「もちろんですよぉ」

 驚きの連続が違う意味で降りかかった。

「ちなみにあと一か月後に新人ライブがありますぉ」

 しかもと指をどこからか出した紙に注目させる。

「宣伝も兼ねて違うライブハウスでのゲスト出演がありますよぉ」

 これが夢の第一歩である

自分でつかみ取るという意味ではそのものと言えた。

 これが星海街端のプロローグであった。

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