いつか来た径

そうざ

The Road that Came Someday

 まだ夕暮れには早かったが、曇天の陰鬱な空がこの世の終わりを彷彿とさせた。

 近く遠くに潮騒が鳴っている。そこはバラック同然の民家が寄り添う海辺の寒村でしかなかった。


 舗装の剥げ掛けたみちが曲がりくねりながら背後の山並みへと続いている。

 僕は兄弟に追い立てられるように、行く先も分からないまま先を歩かされていた。母親に遣いを命じられた彼等だが、どうやらその任を僕に押し付けたいらしい。

 直ぐ側で、かーん、と異音がした。

 木製の電信柱に当たった石が行く手に転がった。続け様に幾つもの石ころが地面で踊った。

 背後で兄弟が礫を打っている。急き立てるように、追い立てるように、あわよくば僕を殺し兼ねない勢いだった。


 いよいよ径は土が剥き出しになり、山道の様相を呈した。

 振り返ると、兄弟は立ち止まってこちらを窺っている。これ以上、付いて来る気はないようだった。僕は逃げるように先を急いだ。

 やがて径は山中とは思えない程に真っ直ぐになり、垂直に伸び上がった背高せいたかの木々が行く手を飾るようになった。

 僕は、このまま異国まで行けるかも知れない、と思った。


 何やら前方に人集りがあった。道端に小さな屋台があり、仄かな灯りが燈っている。店主らしき人影は見えない。

 そこに集まっているのは、かすりの着物を着た子供達だった。僕は当然のように駆け付け、人垣を掻き分けた。


 裸電球が一つ、夕暮れの迫る墨絵ようの山中にあって小さな空間に橙色の温もりを与えている。

 電球の周りには大小の鳥籠が幾つか吊り下がっている。が、鳥は入っていない。

 中に囚われているのは、見知らぬ大きな蛾だった。

 乳白色の羽はその深部に翠緑を秘めていて、あたかも高貴な青磁を思わせた。

 蛾は時折り、ふぁさふぁさと羽撃はばたき、その影絵を時に大きく、時に小さく瞬かせた。その度に無数の鱗粉が虹色の光彩を伴って舞う。

 どの子の瞳の中にも雪が降っていた。鱗粉が雪のように映っているのだと分かってはいても、僕は、雪が降っている、と強く思った。

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いつか来た径 そうざ @so-za

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