第8話 草むらで見たしっぽ

 秋晴れの土曜の昼下がり、大学構内のメインストリートには模擬店がずらりと並び、学生だけでなく近所の人や小学生など、いろいろな年齢の客で賑わっていた。


グラウンドから吹奏楽部の演奏が聞こえてくる。あたりはいかにも秋のイベントらしい明るくのどかな雰囲気にあふれていた。


「お兄さん、はんぺんと卵ちょうだい」


「僕、ちくわぶ」


小学生が百円玉を握りしめておでんを買いに来た。

クラスのおでん屋はなかなか盛況で、入れ代わり立ち代わり客がやってくる。


僕と熊谷は、朝一番で大学に来ておでんの模擬店をセッティングし、午前中は休憩して、午後からの店番を割り振られていた。調理班の仕込みも上々で、試食(つまみ食い)したところ、おでんはしっかり味が染みていておいしかった。


「予定より早く売り切れそうだ」と僕は大鍋の中を菜箸で探りながら言った。


カセットコンロにかけた三つの大鍋にはぎっしりおでんが詰まっていたのだが、いまやおでん種よりだし汁のほうが目立つ。もう少ししたら追加分が来るが、それでも夕方を待たずに完売だろう。


「商売繁盛だな。お狐さまの御利益ごりやくかな」


昨夜は得体のしれない黒いモヤに追いかけられ、暴走タクシーであわや死ぬかという目に遭ったのに、熊谷はなんだかウキウキしている。


「何て言うか、お前ってタフだよな」


「だってお狐さま、めちゃ格好よかったじゃん。今頃は出雲かあ」


僕は熊谷がお狐さまに入れ込むあまり、現実の女性が目に入らなくなるのではと心配になる。それに、こいつはお狐さまが美女に化けている姿しか知らない。



 僕は最初にお狐さまが現れた夜の、狐の姿をしたお狐さま(というのも変な日本語だが)を思い出していた。ふわりと揺れた長いしっぽ。それと昨日のススキ野原。


どうも記憶の片隅に引っ掛かるものがある。僕はあの光景を一度見ていないだろうか。


そうだ、小学校3年生頃のことだ。友達数人と近所の草原くさはらで遊んでいて、夕方になって帰ろうとしたとき、草むらのなかに一瞬だけ何かのしっぽの先が跳ねたのを見たのだった。


あまりにも瞬間の出来事で、ほかの友達の誰もそのしっぽらしきものを見ていなかった。


子供心にとても不思議で、帰ってから母親に報告した覚えがある。

「何だろうね。ウサギかね」で片づけられてしまったのだが、釈然としない思いはずっと残った。


それとあの草原。昨日見たススキ野原と同じではないけれど、似た景色だ。脇坂教授は、僕がお狐さまとの「ご縁」があると言った。あのときのしっぽは、お狐さまだったのだろうか。


そうだとすると、お狐さまはずっと昔から僕を知っていたということになる。

あるいは、脇坂教授の言うようにお稲荷さん全般との「ご縁」ということなら、あのしっぽの主はお狐さまとは限らないわけだ。


 今さらながら、神様の世界は時間も空間も人間とはかけ離れたスケールで動いているのを垣間見た気がする。お狐さまも一瞬で出雲から戻って来られるはずだ。


いろいろ考えても答えは見つからないので、僕は今はおでんの店番に専念することにした。






























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