第37話 陰口

 芸人達の顔ぶれも大分変わった。月子と面識のある者は、龍と悟の他、復員できた数名のみである。

 芸人たちの中でも、特に月子を可愛がっていた十郎は戦死し、真紀は故郷で三人の子供の母親となっていた。月子は真紀と時折手紙を交わし、彼女の穏やかで幸せそうな暮らしに思いを馳せるのだった。


「何も起こらないな」

 

 月子と龍が起こした、五年前のあの騒動。それを知る村人達は、二人がそれぞれ仕事を淡々とこなす姿を目にすると、時折こんな風に囁きあった。


「一時気持ちが盛り上がっただけなんだろう」

「恋なんてそんなものよね」


「真冬の夜に、橋の上で服を脱がせてたっていうじゃないか」

「心中でもするつもりだったのか」

「やだ怖い。月ちゃん、あの時止めてもらって命拾いしたねぇ」

「心中? 海に連れて行って、食うつもりだったんじゃないのか。だってあいつ、人じゃないんだろう」


「龍の顔、大分変わったな。見世物小屋、見に行ったか?」

「怖かったぁ」

「あれじゃ龍神の子供とは呼べないな。あんな醜い姿になったんじゃ」

「月子も案外、面食いだったのかもしれないね」


 無遠慮な言葉の数々は、本人達の耳に入ったのか入らなかったのか。分からないうちに、一座の滞在日程は過ぎていった。

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