第35話 縁談

 克輝の祝言が終わった数カ月後に、月子の縁談もまとまった。相手は東京郊外の農家の次男で、月子の上の姉・芽衣子の嫁ぎ先の親戚筋にあたるのだという。


「きっとあんたは、この辺りでの嫁入りは望めないからね」


 縁談を進める中で、母は声を落として月子を諭した。五年前、龍と悟が東京へ戻るに至った出来事。健三は必要以上の騒ぎにならぬよう尽力したものの、月子を嫁に迎えたいと声を上げる家は皆無だった。


「芽衣子が先にあちらに嫁いでいて、本当に良かった。姉さんに感謝しなきゃいけないよ」

「はい」


 月子は両親が纏めた自分の結婚について、異議を唱えなかった。

 周囲の者はそんな彼女の反応を意外に感じる者もいれば、「変わり者だった月子も、流石に落ち着いてきたものだ」と納得する者もいた。

 克輝は前者である。


「いいのか? 龍のこと」

「どうしてかっちゃんが、そんなに心配そうなの」

「次の春祭り、見世物小屋が出る」


 運針の手が止まった。

克輝は畳み掛ける。


「龍もいるって。座長は悟さんだ。二人共無事だったんだよ」

「そう」


 手元から顔を上げた月子の顔は、微笑んでいた。


「良かった……生きてたんだ」

「月子、本当にいいのか。まだ間に合うんじゃないのか。縁談、断れるんじゃ」

「かっちゃん、ありがとう」


 幼馴染の言葉を遮って、月子は口角を上げた。


「もう決まったことだから」

「お前らしくないな」

「もう母さんに泣いてほしくない。父さんにも、心労かけたくないの」

「月子……」

 

 顔を歪める克輝を見て、月子は自分の顔からも、あっという間に微笑が消えていくのを感じていた。


――どっちも本当の気持ちだ。私の本心は、裏表に二つある


 両親を安堵させ、一人の全うな娘として振る舞いたい気持ち。人並みに嫁いで、人並みに子供を産み育て、平穏と家族のいる生活を守りながら暮らす人生を、求める気持ち。


 そしてもう一方の、裏側の本心は――


「冷えてきたね」


 晩秋だった。もうすぐ初雪が降るだろう。

 すっかり肌寒さを感じるようになった風に、潮の香りが混ざっていた。

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