第23話 通夜

 その夜、月子は龍に村の火葬について語っていた。


「近頃は物不足で、箱を用意するのも大変になってきたから、そのまま燃やしてしまうんだけどね。本当は死んだ人を、大きな木の箱に入れるの。子供とか身体の小さな大人だったら、そのまま寝かせて入れられるけど、普通の大きさの大人だと、ぎゅって手足や腰を曲げて入れてあげないといけないんだ。それよりも大きな箱を準備するのは、大変だから。入れたら、蓋をするの。開かないように釘で蓋をトントンくっつけて。そしたら薪とか落ち葉と一緒に燃やすんだよ。ずっと燃やし続けるの。ちゃんと全部燃え尽きて、お骨になるまで」


 母屋では、本人不在の兄の通夜が行われている。月の明るい、寒い夜だった。本格的な降雪はまだだったが、雪がちらついてもおかしくないだろう。


「時間がかかるでしょう。人がお骨になるまで……知ってる? 何時間もかかるんだよ。それまで、誰かが見守るの。風に吹かれて炎が別の場所に飛んでったらいけないし、一人だけにしたら仏様が寂しくてかわいそうだから」


 二人は離れの縁側に、並んで腰をおろしていた。通夜の手伝いを抜け出していた月子だったが、彼女を呼びに来る者は誰もいなかった。


「大切な役割だし、最後まで一緒にいられるんだから、名誉な仕事だって言われてる。けど、そんな風に言う割にみんなやりたがらないんだ。大人達はお葬式やお寺さんへの用事で忙しいって言い訳する。だから子供の仕事にされがちだけど、子どもだってやりたがらない。怖いって」


 龍の薄着が気になって、月子はそっと彼の手に自分の手を重ねてみた。意外なことに、龍の手は温かかった。


「燃やしてる途中で、バーンって手足が飛び出してくるの。死んだ人がバンザイしてるんだよ。バーンって勢い良く手足を広げるから、燃えて弱くなった箱なんて簡単に壊れちゃう。炎の中で、バーンってバンザイするんだ。あの瞬間を、みんな怖いって言う。でも私はなんで怖いのか分からない。確かに人が燃える匂いは好きじゃないけど、あの光景が怖いって感覚は分からない。私は……」


 月子は、その光景を思い浮かべた。


「見守る人に、最後に踊ってお別れを言ってるみたいに見えるの。薪が爆ぜる音をお囃子にして、時々こっちに向かって手を振って」


 月子が話し始めてから、初めて二人の目が合った。うつむいていた龍が、真っ直ぐに月子のことを見つめたのだった。

灰青色の瞳は涙でうるんでいて、瞼は腫れ上がっていた。


「こんな風に話すとね、頭がおかしいって思われるからやめなさいって、母さんやお姉ちゃんにいつも怒られるんだ。だから、最近は全く話してなかったよ……この話するの、久しぶり」

「緋奈のことも、月ちゃんが見ていてくれたら良かったのに」


 そう口にした龍の顔は、穏やかだった。微笑んでいるようにも見えた。


「もうお骨になってるだろうな。死んだの、一月近く前だ」


 姉の死を告げたハガキは、龍の片手が持ったままだった。


「……緋奈は、死んじゃったんだな」


 母屋から泣き声が聞こえた。

母の声だと月子は気づいて、なかなか治まらないその嗚咽を聞きながら、月子は龍の肩をさすっていた。


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