第5話 一座

 年二回の祭りに合わせて、この辺りに巡業にやってくる見世物小屋一座があった。

 座長の親族がこの地域にゆかりのある者で、その縁から祭りの前後に滞在するのが、W村だった。


 総勢十名前後の一座の滞在先となるのは、広い離れを持つ月子の家である。かつては村の集会所を提供していたようだが、十数年前に火事で消失してしまった。月子の祖父が、『よかったら我が家に』と声を上げたのが始まりだったと、母が話してくれたことがあった。



***



「月ちゃん、今回もよろしく頼むよ」


 村長は月子が頷く前に、彼女の手に笹の葉に包んだ粟飴を握らせた。


「早速だけど荷物を運ぶの、手伝ってやって」

「はい」


 月子は飴をポケットにしまうと、勝手口から表へと滑り出た。

庭先に止まった大きな荷車が見えて、そちらへ向かいながら、複数の顔なじみの目が此方を認めるのがわかった。


「月ちゃん! 少し見ない間に大きくなったなぁ」

「半年ぶりだね。元気にしてた?」

「またよろしくねぇ」


 一座の芸人たちだ。気さくで明るい声に、月子は一つ一つ返事を返していく。


 芸人達に食事を運んだり、風呂や寝床の準備をしたりと身の回りの世話をするのが、祭りの間の月子の役目だった。

 いつもは十歳上の姉の芽衣子と二人で務めていたが、彼女は昨年、遠い街へと嫁いでしまった。今回からは晴子と月子で務めるが、月子の方が経験値は高いと言える。


「やあ。また背が伸びたな」

十郎じゅうろうさん」


 毛むくじゃらの腕が視界に入って、月子は上を仰ぎ見る。月子の二倍以上の大きさがあるのではないか。全身の皮膚が見えないほどの剛毛に覆われた、大男が立っていた。


「お久しぶりです」

「こちらこそ。なんだかそんな風にかしこまった挨拶されると、一気にお姉さんになっちまったみたいに見えるな」

「私、そんなに背が伸びたかな? 自分じゃ全然分からない」

「そりゃ、そんな大男の隣にいたんじゃ、実感わかないわよ」


 地響きのように低い声の十郎の後ろから、軽やかな笑い声と共にひょっこりと顔を出したのは、色白の小柄な娘だった。


「真紀ちゃん」


 ズッ、ズッと足を引きずるようにして近づいてきた娘を見て、月子は仰天した。


「真紀ちゃん! 歩けるの?」


 目を丸くする月子のすぐ側までやってくると、真紀と呼ばれた色白の娘は、得意げに顎を上げて笑った。


「ふふっ。その驚き顔が見たかったの。私ね、義足を作ってもらえたのよ」


 二十歳の真紀は、生まれて間もない頃に患った病が原因で、両手両足がなかった。いつも十郎を始め誰かに背負われて移動していたのだから、そんな彼女が自力で歩く姿に、驚かないはずはなかった。


「東京の大病院の先生が、是非にって」

「費用もあっち持ち。真紀の芸にひどく感激したようだった」

じゅうさん、何度も言うけど、私のは芸じゃないわ。ただいつも通りを見せてるだけ」


 大男の尻を真紀の肩がどつく。

 彼女は客の前で、肘や脇の下、口を器用に動かして、縫い物や書き物をする様子を見せるのだ。口に咥えた針が仕上げた縫い目は細かく均等で、筆で書いた筆跡は美しい。

 真紀はそれを、決して“芸”とは呼ばなかった。彼女にとっては苦労して習得した普通の人々と変わらない日常の動作であり、生活していくために必要な所作なのだ。


「けど大したもんだよ。こいつ、歩行訓練も相当頑張ったんだ。今回のこの巡業で復帰したいって」

「さすが真紀ちゃんだね」

「気の強さは人一倍、いや二倍以上だからな」

「もう!」


 もう一度大男の尻を一叩きすると、真紀は月子に笑いかけた。


「月ちゃんに会いたかったのよ。いつも楽しみにしているんだから」


 心からの言葉だと分かって、月子は胸の奥があたたかくなるのを感じた。こんな風に誰かと話している中で、素直に喜びを実感することができる。普段の生活では、何故か得ることの出来ない感情だった。この一座の人々と過ごす時間を月子が好むのは、こういう理由からである。


――怖いだなんて、思うはずないじゃない


 少し前の克輝との会話を思い出して、月子は胸の中で彼の言葉を否定した。


――私は一座の皆との方が、素直でいられる


 彼らが村の外の世界を、広く知っているからだろうか。一座が大きな荷車と共に運んでくる風は、いつも月子の心をくすぐった。


――沢山笑えるし、楽しい話を沢山聞かせてもらえる。どんなに喋っていても、私のことを変わってるって言う人もいない


 この見世物小屋の芸人は、生まれつきや疾患・事故などで身体の一部が欠損していたり、大多数の日本人とは異なった外見を持つ者で構成されている。

 四肢をそれぞれ違う長さで失っている真紀を始め、十郎は多毛症で熊のような見た目の大男だった。他にも片手の指が六本ある多趾症の者や、髪の色や肌の色が違う者など――――舞台の上で歌ったり楽器を披露する者もいれば、真紀のように日常動作を見せる者もいる。そうした彼らの外見と一芸に、観客たちは金を払うのだ。


「そうだ。新しい芸人さんが入ったって聞きました。どんな人?」


 予め知っていた情報はそれだけだった。月子の言葉に、真紀と十郎は「ああ」と頷き合う。


「そっか。ここの祭りにやってくるのは、初めてか。月ちゃんがいて、ちょうど良かったのね。一人はね、あなたと同じ年の子よ」

「えっ」


 月子は驚いて目を丸くした。


「私と同い年?」


 そんな子供が見世物小屋で働く様を、月子は見たことがなかった。


「姉弟なんだよ。十六の姉ちゃんに、弟がここのつ。月ちゃんと同じだろ?」


 十郎が僅かに声を落としたのがわかった。


「気の毒な身の上なんだよ。身寄りがなくなってしまった姉弟で。座長さんが引き取ったんだ」


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