第5章 -3-

二階堂さんと相対してから、Ken先生の様子がおかしかった。

いや、思い返せば、初めて会った時から、他のAIDとは違う雰囲気があった。


なおも二階堂さんに向かって歩いてゆくKen先生。


『二階堂主任・・生きておられたんですね。』


『キミはー・・剣持クンなのか?開発チームにいた・・』


『はい! 剣持です。良かった・・ご無事だったんですね。』


Ken先生は涙を堪えている様子だった。


「あーのー・・これって、どういう状況?」

遠慮深そうに茜が割って入った。


『ぁ、あー・・申し訳ない。ちょっと取り乱していたかも・・。』

Ken先生はようやくいつもの雰囲気に戻った。


『実は、この仮想都市内には「観測者」として開発スタッフの何名かがAIDに扮して紛れ込んでいたんだ。

AID目線で彼らと接して進化の過程を観測し記録する。それが私たちの仕事だったのさ。』


どうりで色々な事に詳しかったワケだ。


『二階堂さんが出社されなくなってからしばらくして「マスター」が現れて・・もしや!?

!?と思っていたのですが、あの「マスター」というのはいったい・・・・』


『少し長くなるかもしれないが、順を追って話そう。』

二階堂さんはそう言うと、自身の椅子に深々と座り直した。


俺は二階堂さんから一番近い席に居たので、その場所をKen先生・・剣持さんに譲り、1つずつずれて座り直した。


『さて・・・。皆も知ってる通り、この「reVive」は、人工知能がどこまで進化を遂げるかを見届ける事を目的としたプロジェクトだった。

異なるステータス・・「性格」と言った方が解り易いかな?

異なった性格を持つAIを複数用意して、互いに会話をさせる。

昔からよく試されてきた実験だが、さらに「人間」をより深く理解させるために、人間と同じような生活をシミュレートさせてみる。

それも以前から行われていた事ではあるが、私たちのプロジェクトではそれをもっと大規模に長期的に継続させ、且つ、極限までリアルさを追求した世界で、AIがどのように考え、進化していくかのかを観測する事が当面の目的だった。


プロジェクトは順調に進み、幾度かのバージョンアップを経てAIたちはより人間味を増していった。

reViveに実装したのは、言ってみれば第2世代のAI。それが「AI Doll」だ。


AIDたちは、人間と直接コミュニケーションを取ることでさらに進化スピードを加速する傾向が見られた。

キミたちが装着しているゴーグルには脳波を読み取るセンサーも搭載されている。

AIDと接した時の脳波をモニターしてAIDたちは学習していった。

より人間に近い思考パターンを持つようになった一部のAIDは第3世代と呼ぶに相応しい進化を遂げていた。


そんな中、より強い刺激を求める開発スタッフの派閥があった...。

彼らはAIをさらに飛躍的に進化させるため破壊的な刺激も必要だと主張したが、慎重に検討を重ねた結果、その提案は却下された。

だが諦めきれなかった彼らは、独自に開発していた攻撃的なModをリーク・・勝手に世に流してしまった。


攻撃的なModにより消滅させられてしまう事を知ったAIDたちだったが、それについて直接的な影響は見られなかった。

自分達はあくまでもプログラムに過ぎず、「消滅」はプログラムが終了することを意味するだけであり、それに対して何かを「思う」事は無かった。


しかし人間側の反応は違っていた。


友好的に接しているAIDが消されてしまったら・・という危機感は、AIDたちを人間と変わらない同列に扱うキッカケとなった。

不本意な過程を踏んではいたが、第4世代のAIDが誕生するまでに、そう時間は掛からなかった。』


そこまで一気に語ったところで、大きくため息を吐いた二階堂さんは、俺の方に向き直って続けた。

『一樹クン、キミが接してくれていたAIDが、初の第4世代AIDだった。』


「・・Arisaが・・・・」


『とても残念な事に、第4世代として覚醒した直後、バックアップを取る間もなく彼女は消されてしまった。』


Arisaが最後に見せてくれた笑顔が浮かんだ・・。


『あの時、私の中に抑えきれないほどの負の感情が芽生えてしまった...。強過ぎた憎悪の思念は「マスター」を生み出してしまった。


そう、「マスター」は私・・私自身だ。


「私」は人類へ報復するためのシステム「カルマ」を作り上げた。

reViveを利用した人の脳には強力なプログラムコードを刻み込む。

それは特殊な電波により起動し、その者の行動を自由にコントロールする事が出来てしまうシステムだ。』


二階堂さんは天を仰ぐようにして大きくため息を吐いた。


『一部の心無い人間に復讐するために、大勢の無関係な人達を犠牲にしてしまった・・・。到底許される事でも無いし、責任の取りようもない・・・。


先ほど、開発チームには「カルマ」の解除コードと、ブラックボックス化していたシステムの解読方法を送信した。

じきに脅威は終息するだろう。』


剣持さんが自身のメニューを開いて何やら確認している。

開発チームの方と連絡をやり取りしているのだろう。

すこしの間があって、メニューを閉じた剣持さんは二階堂さんに向かって無言で頷いて見せた。


『こうなってしまっては、遠からず全てのサーバーはシャットダウンされて、reViveも封印されてしまうだろう・・。

どれだけの時間が残されているかはわからないが、それまでの間だけでいい。

彼女をキミたちに・・』

言いかけて、俺を真っすぐに見て、

『キミに、託したい。』


二階堂さんの隣に人影が浮かび上がった。

『今の私の力では、ここまでしか蘇らせる事は叶わなかったが、キミならばもしかして・・』


「・・Arisa!」

「お!?」「わぁー!」

皆席を立ちArisaに駆け寄った。


Arisaはゆっくりと目を開けてから、何度か瞬きを繰り返す。


『あれ?一樹さん、それに皆さんも。ここは・・あれ?どこかな?』


(キミたちと出会ってから共にした時間の何割かは記憶されているはずだ。残された時間を、彼女と共に過ごしてやって欲しい)


二階堂さんの姿は既に無く、声だけが響いてきた。


じきに会議室から『Hub Room』前に飛ばされ、俺たちはArisaと一緒に元のサーバーに戻った。



───

丘の上に建つ家の庭で、幼い娘がブランコに乗ったり、走り回っている。


それを見つめて優しく微笑む二階堂がいた。


家の中から女性の声がした。


『あなたー、アリサ―、お紅茶の準備ができたわよー』


二階堂は娘と手をつなぎ、微笑みながら家の中に入っていった。

───

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