第28話 何故ですか?

 指定された喫茶店に入ると、4名がけの席へと通された。まさか電話したその日に会うことになるとは。営業熱心な所だな。高島さんの紹介とはいえ、こうも話がスムーズに進むと心配になるな。


 緊張感でソワソワと店内を見回していると、スマホが振動した。


『会うのはこれからですか?』


 マキネからの連絡で緊張感が和らぐ。終わったらすぐ帰ることを伝えてスマホを閉じる。


 もう一度、興信所へ話す内容をおさらいしよう。


 俺は坂下さんの知り合いで、彼女と連絡が付かなくなって心配している。だから、彼女に何があったのかを調べたい。これで相手が乗って来るか様子をみよう。もし難色を示されたらそこで切り上げる。これだったら悪い事にはならないはずだ。


「檜木さんでしょうか?」


 声をかけられ顔を上げる。そこに立っていたのは若い男性だった。細身の体に中性的な顔立ち、フォーマルな服装に身を包んでいるが、一見すると学生か新社会人に見える。


 返答を返すと、男性は席へと座った。差し出された名刺には「サクラザワ情報事務所所長白川龍巳しらかわたつみ」と記されていた。


「え、所長? 紹介を受けた時は女性の方が所長だと聞いていたのですが」


「あぁ。代替わりしたんですよ。それに合わせて事務所の名前も変えまして」


 白川と名乗る男性が人の良さそうな笑みを浮かべる。


 名刺と男性の顔を交互に見る。


 にしても若すぎじゃないか? こういう業界だとこれくらいの年が普通なんだろうか。名前もなんだか偽名っぽいし。


「聞こえてますよ」


 しまった。つい心の声が漏れてしまった。


「そういう反応は慣れているので気にしないで下さい」


「すみません……」


「僕の方が年下なのは事実ですし、もっと砕けた話し方でいいですよ。親しみを込めて白川君とでも呼んで下さい」


 白川……君はそう言うと店員にブレンドコーヒーを二つ頼んだ。コーヒーが運ばれるまでなんとも言えない沈黙が訪れて、どうも気まずい。


 やっと運ばれたコーヒーを一口飲んで、白川君は呟いた。


「偽名なんですよ」


「え?」


「僕の苗字は少し変わっているので。下の名前は友達の苗字を借りました」


 白川君が不思議な笑みを浮かべる。人が良さそうなのに、自信に満ちた顔。こんな雰囲気の人は初めてだ。


「こういう仕事をしていると、本名だと色々不具合があるんです」


「そう……なんだ。でも、なんでそんな事教えてくれるの?」


「僕が若いから不安になったんですよね? 一つぐらいは檜木さんの不安を取り除いておこうと思いまして」


 再びコーヒーを飲むと、彼はもう一度笑った。


「中々プロっぽくないですか?」


 だけど、今度は先程とは違う。まるで少年のような無邪気な笑顔。その顔を見ると、白川君を信用してもいいような気がした。



◇◇◇


 何度も反復した興信所へ頼む「設定」を白川君に伝えた。時折質問を挟んでより細かい情報まで。


 彼はひとしきり話を聞き終えた後、報酬の話をした。前金と成功報酬。それなりに高い値段だったけど、興信所の相場が分からないからなんとも言えなかった。


「今お聞きした坂下さんの住所。そこまで出向いて調査することを想定しての金額です」


 免許証に書かれていた坂下さんの住所。そこは新幹線でも二時間はかかる場所だ。マキネが歩いてあの公園まで移動したことを考えると、坂下さんは自殺する為にわざわざ遠方からやって来たことになる。


「その条件だとさっきの金額ってすごく安いんじゃ……」


「大丈夫です。他の案件と抱き合わせで動きますから」


 悩んだ結果、白川君に調査を頼むことにした。俺達にはこの方法が一番安全だと思うから。


 契約書の内容を見ると、依頼者の個人情報や依頼目的が他人へ広がることは無さそうだった。契約書を交わして白川君と連絡先を交換する。


「ちなみに」


 白川君はスマートフォンをしまうと、俺の顔を覗き込んだ


「檜木さん。嘘を吐いてますよね?」


 その言葉に心臓が止まりそうになる。


「な、なんでそう思うの?」


「探し人の住所まで知っている状態で、僕達に依頼を出すんですよ? 普通に考えたらおかしいと思いませんか。実は?」


 白川君の目付きが鋭くなる。まるで心の中を覗かれているみたいだ。何かを言わなければいけないと思うのに、次の言葉が出て来ない。


「安心して下さい」


 彼は再び人の良さそうな笑みを浮かべた。


「貴方に不利益になるようなことはしませんから。そもそも、貴方の嘘を見破ったとして、それを伝える必要は無いでしょう? 信用して貰う為のパフォーマンスですよ」 


 彼の発言は全て意図的なのだろうか? 恐ろしく思えるのに、心強くも感じた。若いけど、プロってことか。


 坂下さんの手がかり、見つかるといいな。


◇◇◇


「進展があったら連絡を貰うことになったよ」


[私達が他にできることは無いのでしょうか?]


「今の時点ではもう無いかな。ネットも色々調べたし」


[私はもう少し調べてみます。ユータ。私のSNSアカウント作ってください]


「だ、ダメ!!」


[何故ですか?]



 マキネが白い光を点滅させて首を傾げる。



 マキネにSNS見せたく無いから、とは言えないなぁ……。


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