第24話 味見して下さい
「なんだよ
声の方を見ると町田先輩が怪訝な顔で俺のことを見ていた。
「え、あ、すみません」
「たくよぉ。彼女できて舞い上がりやがって。今週仕事捗ってねぇだろ」
舞い上がっているんだろうか?
綾の話を聞いて貰ってから数日。あれからマキネのことばかり考えてしまう。前も考えていたけど、明らかに違う。顔を見ると恥ずかしいし、彼女のことを考えるだけで胸が熱くなる。
でも、今はそれが嬉しい。
「早く帰るんだったら職務中ぐらいは集中しろよな」
「すみません」
先輩に先輩らしいことを言われるとは……。
ん?
隣の席を見ると、先輩は机の上で何かを作っていた。よく見ると、置いてあるのはミニチュア四駆の箱。懐かしい。俺の子供の頃も流行ったな。
「って先輩、仕事中に何してんですか?」
「あぁ? 部長から頼まれたんだよ。孫にいい所見せようとして買ってやったはいいが作るの無理だったんだと」
手元を見ると、俺の子供の時とは玩具の構造が変わっていた。昔はモーターが後ろか前にあったのに真ん中に付いている。
「後ろ見てみろよ」
振り返ると扉の隙間から部長が覗いていた。俺と目があった部長はバツが悪そうに目を逸らした。
……。
小さな会社の小さな営業所だからって自由すぎるだろ……。
「で、どうなんだよ彼女とは? どこまで行ったんだよ?」
「何をテンプレみたいなこと言ってるんですか」
「そりゃ気になるだろ。いいなぁ〜俺もそんな恋人気分味わいてー」
「結婚してるじゃないですか」
「ウチはそういうの無いから。いや、あるのか? まぁいいや。俺が悪い。俺が自由すぎるから」
自覚はあるんだ……。
「俺は……うぅん」
どこまでと言われても……。いや、俺は何も言って無いじゃないか。何を一人で盛り上がっているんだよ。ま、まぁ、マキネが好意を向けてくれてるのは分かるし、俺もあの子のこと……。
「煮え切らねぇヤツだなぁ」
◇◇◇
なんとか定時に上がれた。最近少し残業してしまっていたから助かったな。というか、今日は珍しく暇すぎた。出張や外回りでほとんど事務所に人がいなかったし。問い合わせの電話も無かった。会社としてはこれでいいのかな。
夕方の街並みは黄昏色に染まって、昼と夜の狭間のような、不思議な気持ちにさせられる景色だった。
自転車で住宅街を走り抜けて、あの公園で立ち止まる。マキネと出会った公園に。
ドーム型の遊具が目に止まる。あの遊具の中にマキネがうずくまっていたんだよな……。
マキネに会った時は真っ暗な中を誰もいない家へと帰っていた。でも、今は夕焼けの中マキネの待つ家へと帰ってる。あの日彼女と出会わなかったら……ずっと暗闇のままだったのかもしれない。
さっき先輩に言われたことが頭に浮かぶ。
「煮え切らない」かぁ。
マキネに約束したしよな。自分の気持ちを分かるようにちゃんと伝えること。
……。
言おう。ちゃんと。
マキネは宇宙から来た存在だし、顔はクリオネ似だし、俺とは全然違うのかもしれないけど……。
俺は、マキネだからこんな気持ちになるんだ。
再び自転車を走らせる。ペダルを漕ぐと余計なことが頭に浮かんで、それに埋め尽くされていく。
でもいつ言おう? 家で? 外で? 帰ってすぐに? ああぁぁ全然分からない!
俺ってこんなに優柔不断だったっけ?
以外にどうでもいいタイミングで言ってしまったりして……。
◇◇◇
[おかえりなさい!]
鍵を開けたらマキネが出迎えてくれた。黄色い光がチカチカ光って、触手もソワソワ動き回ってる。随分見慣れた光景のはずなのに、意識した途端目を逸らしてしまう。
「た、た、ただいま……」
[今日ですね。初めて作った料理があるんです。味見して下さい]
「すごいね。何を作ったの?]
[ブロッコリーと鶏肉のなんかあんかけにしたヤツです!]
「は?」
マキネは得意げに言っているけど、なんかあんかけにしたヤツ? いつものマキネらしく無いな。その、言葉使いとか。
マキネが俺の手を引いて鍋の中を見せてくる。中には鮮やかな緑色をしたブロッコリーと、こんがり焼き目が付いた鶏肉。その上に白っぽい「あん」がかけられていて、テラテラと美味しそうに光る料理が入っていた。
た、確かになんかあんかけにしたヤツだ……。
「これ、本当はなんて名前の料理なの?」
[え? ブロッコリーと鶏肉のなんかあんかけにしたヤツですが]
「いや、だからそれの名前を知りたいんだけど」
マキネが顔を白く光らせながらスマホを取り出し、差し出して来る。そこにはレシピサイトが表示されていた。そして、映されたページのタイトルが……『ブロッコリーと鶏肉のなんかあんかけにしたヤツ』だった。
なんだよそれ! レシピ載せるならちゃんと名前考えて載せろよ!
しかも調理コメントに一言「味は保証」とだけ書いてある。余計腹立つな!
[はい。味見して下さい]
マキネが菜箸でブロッコリーを持ち上げて差し出して来る。恥ずかしいやら嬉しいやらよく分からない気持ちでそれを食べた。
……。
「美味すぎるっ!! なんだこれ!?」
思わず大きな声を上げてしまった。ブロッコリーの食感もコリコリと心地良いし、鶏肉も香ばしい。それに「あん」が優しいコクを追加していて、とんでもない美味さだ。
マキネの触手がピョコンと反応する。
[ふふふ。自信有ったのです。日曜日に練習しましたから]
マキネがオレンジ色をチカチカさせながら笑う。
う……嬉しい。
俺の為にご飯を作ってくれたことがこんなに嬉しいなんて。
でも、「なんかあんかけにしたヤツ」が美味しいのはなんか悔しかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます