第20話 あ、あの、良かったら……
最悪だ。
買い物帰りにスマホを落としてしまうなんて。まぁでも、データが無事だったのが不幸中の幸いか。新しい機種にも移せたし。
はぁ……にしてもやっとアパートに帰って来れた。ケータイショップって時間かかるよなぁ。
マキネ、待たせて悪かったな。帰ってすぐ飛び出しちゃったから。
あれ?
鍵が、開いてる。
マキネがかけ忘れたのか? 不用心だからちゃんと注意しないと。
「ただいまー」
扉を開けて飛び込んで来たのはマキネと誰かが話している声だった。
[私は別に危害を加えるつもりは……]
「こ、来ないで!」
え? この声って……っ!?
急いで靴を脱いで奥の部屋へと入り、電気をつける。するとそこには、部屋の真ん中でマキネが佇んでいた。そして、彼女から逃れるように部屋の隅で丸くなってる少女が1人。
それは俺のよく知ってる女の子……美月だった。
「なんで俺の家に!?」
[怖がらせてしまったみたいです]
マキネが青い光を明滅させながら視線を美月へと向ける。すると、美月は逃げるようにさらに壁へと寄りかかった。
[怖がらないで。私は、何もしませんから]
美月は俺に気付いていないようで、近くにあるシャツやクッションを必死にマキネへと投げ付ける。
頭が回らない。いきなりこんなことになるなんて想像もしてなかった。
どうする? どうやって説明すれば……。
「み、美月落ち着いてくれ。この人は、俺の知り合いだから」
「え? ユウ兄……?」
やっと俺に気付いたようで、美月が投げようとしていたクッションから手を離す。
とにかく、マキネは怖くないと教えないと……。
「見た目のことはちゃんと説明するから今は落ち着いてくれ。な?」
マキネの色に黄色が混ざり、青から緑に変わっていく。やがて黄色が強くなって黄緑色になった。そして、その触手もフリフリと左右に揺れ始めた。
[そうなのですね。この人が美月さんなのですね]
「ユウ兄……の、知り合いの……人?」
ま、まぁ……「人」に疑問符を持つのは仕方無いよな。
「そうだよ」
マキネが美月へと近付き、目線を合わせるようにしゃがむ。美月はまだ警戒しているようだけど、さっきまでの恐怖に引き攣った顔からは少しだけマシになった気がする。
[はじめましてマキネです。宇宙から来ました」
マキネが右手を差し出す。その光が、恥ずかしそうに黄色とピンクにチカチカ光る。
美月は差し出された右手と、マキネの顔を交互に見つめる。そしてすごく考え込んだ後、恐る恐るその手を握った。
手が触れた瞬間、マキネの触手がパタパタ動く。それを目の前にした少女は、ビクリと肩を震わせた。
「う、宇宙から来たって……」
[はい。寄生型宇宙生物です]
「き、寄生……!?」
美月が咄嗟に手を離す。
マキネの触手はシュンと項垂れてしまった。色も青が濃くなり
……。
マキネ。一応言葉を選んだつもりなんだろうけど、それは初対面には刺激が強すぎるよ。
怯える美月に説明するにはかなりの時間が必要だった。
◇◇◇
坂下さんの件まで説明しないといけなかったから難航したけど、なんとか美月は受け入れてくれた。
「信じられない……宇宙に生き物がいるなんて」
[でも、事実です]
「わ、私のこと食べたりしないよね?」
[ちゃんと料理した物が食べたいですから]
前言撤回。やっぱりまだ信用はしてくれてないみたいだ。
今後は「寄生」については言わない方がいいかも。これだけでかなり警戒されてしまうし、坂下さんの件はリスクもある。美月が逃げ出さなかっただけでも奇跡だ。
「そ、それで、ユウ兄とマキネ……さんは一緒に暮らしてるってこと?」
[はい。ルームシェア? というのでしょうか。ネットで見ました」
「でも、ワンルームでって……」
[ワンルームだと何か問題があるのですか?]
「……」
「美月。このことは誰にも言わないでくれないか?」
「ユウ兄、変だよ。綾さんの時だってあんなに傷付いてたのに、なんでわざわざこんな人……」
[綾?]
マキネがその顔を白色に光らせる。それ以上綾の話をされたくなくて美月の言葉を遮った。
「一人にしておけないじゃないか。全然知らない場所で、ひとりぼっちなんて」
「騙されてるかもしれないのに?」
「美月はマキネのことを知らないだけだ」
「ユウ兄は人が良すぎるよ」
「そうかもしれないけど、俺が自分で決めたことだから」
「……そう」
美月は怒っているような、不貞腐れているような顔をしていた。そんな姿を見るのは初めてだったから、戸惑ってしまう。
「……分かった。誰にも言わない」
[ありがとうございます]
マキネが顔をオレンジ色に光らせる。
[あ、あの、良かったら……お友達になって頂けませんか?]
マキネは俯きながらおずおずと切り出した。
「マキネ、今はタイミングが悪いよ」
[え、そうなのですか?]
マキネはよく分かっていないようで、再び顔を白く光らせる。美月はそんな彼女から顔を背けた。
「ごめんなさい。今から私と友達になる意味は無いと思うから」
「美月、そんな言い方は……」
俺の言葉を無視するように美月が立ち上がる。
「私、もう帰るね」
「送ってくよ」
「いい。大丈夫」
一言だけそう言うと、美月は部屋を出て言った。ドアが閉まる音だけ聞こえて、そこから部屋の中が静まり返る。
「美月……」
様子が変だった。昨日も感じてはいたけど、今日は特に……。
部屋の中に訪れた静寂で耳が痛い。遠くから走って行く音だけがうっすらと聞こえた。
[追いかけて下さい]
「え?」
[彼女は今から友達になる意味が無いと言いました。それに……わざわざここまで来たのは、ユータに何かを聞いて欲しかったのでは無いですか?]
今から友達になっても意味が無い。
もしかして。昨日もずっと何かを言いたそうにしてたのは……。
[あれからずっと、ユータと彼女の関係性にヒントが無いか調べていました。それで思ったのですが……彼女はユータに父性を求めていたのでは無いですか? あの子はずっとユータを慕っていたのですよね。何かそのようなサインは無かったのですか?]
父性? サイン?
……。
そうか。
あのはにかんだ笑顔はそういうことだったのか。
ずっと気付いてあげられなかった。
今日初めてあの子に会ったマキネに教わるなんて。
俺は、美月の叔父……いや、家族失格だ。
「ありがとうマキネ。あの子を追いかけるよ。俺は、あの子の家族なんだって……分かったから」
[はい]
マゼンタに光るマキネに見送られながら、俺は部屋を飛び出した。
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