第8話 恥ずかしいです!

 マキネが鏡に向かって何度も帽子を被り直す。触手の髪を前に集めて深く帽子を被ると、銀髪に見えることも相まって「そういう人」に見える。これならマスクをしたら完璧だろうな。


[いいですね。気に入りました]


 彼女は鏡の前でキャスケット帽とバケットハットを交互に被っては確かめていた。


 キャスケット帽も買って良かった。今持っているパーカーだったらギリギリ違和感無さそうだ。


[どうですか? 似合いますか?]


「すごく似合ってるよ。でもバケットハットの方は服考えないといけないな。帽子を買った店に明日行ってみようか。あそこの店員さんならいいのを勧めてくれそうだ」


 マキネも一緒だったら俺もあの店入ってもセーフそうだし……。


「土日は布団買ってマキネの服買って、自転車も買わないとな。あ、スマホも契約した方がいいかな? やっぱり連絡取れないと不便だし」


[あ、あの]


 マキネの光が青くなる。あれ? 俺なんか変なこと言ったかな。


[パソコンで調べて知りました。人は何をするのもお金がいるのですよね? ユータにこんなにして貰って申し訳ないです]


 彼女は俯くと申し訳無さそうに言う。


「マキネが申し訳無く思う必要無いよ。俺が好きでやってるんだから」


[でも与えられてばかりでは申し訳無いです]


 正直、彼女の変化に驚いた。昨日は何でも要求していたのに、今日少しパソコンを触っただけでこれほど人間らしくなるなんて。


 どんなことを調べたのだろうか? 気になってマキネに聞いてみると、人間の社会性の他に、色々な女性のブログやら子供向けの道徳に関する話を読んだみたいだ。人の心情を知りたかったのだろうか?


「すごいな。昨日とはまるで違う人みたいだ」


[私は、どうやら学ぶことが得意のようです。やって来た地に早く適応するようになっているのかもしれません]


 マキネが帽子を取る。その光が混じっていく。黄色に青が混ざって緑のような色へ。でも青が強く現れてエメラルドグリーンのような色合いへと変化していく。色も、昨日より複雑になっている。彼女の内面が複雑になるほど色も連動していくみたいだ。


「マキネは貰うだけが嫌になったんだね」


[特にユータからには……申し訳無いです]


 何となく、分かる。自分も昔は何の疑問もなく施しを受けていた。親や、社会に。でも、いつしか自分の意思を持って生きようと思った時、そのままではいけないと思ったな。いつだったか、もう忘れてしまったけど。


 でもマキネ。今君がそう思う必要は無いんだよ。君はまだここに来たばかりじゃないか。


「そっか。ならこうしよう。今のマキネは自分では何もできないと思ってる?」


[はい……]


「ならさ、俺はマキネが1人で生きていけるようになるまで手伝うよ。それで、もしマキネが俺に『お返し』ができると思えるようになったら、その時は頼むよ」


 俺の金の問題なんて些細なことでしか無い。仕事で忙しくて趣味も無かった。結婚の為に貯めていたけど、もう使い道を無くした物だ。でも、今はそれがこの子の為になる。この子が自立して生きる為に必要とされてる。それだけで嬉しい。


 彼女の光が変わっていく。エメラルドグリーンが徐々に緑に、黄緑に、やがてオレンジのような光になっていく。面白い。彼女の感情の変化がこれほどはっきりと見えるのが。それにすごく……。



「綺麗だ」



[え?]



 当然彼女の色が強いピンクに発光する。彼女はオロオロと戸惑ったように顔を手で隠した。



「あ、違うって! そ、そのマキネの光がすごく綺麗だと思って!」


 言い訳が逆効果になったのか、マキネはピンクを通り越してマゼンタのような色になっていた。その触手も、左右の2本が猛烈な速度でバタついていた。


[み、見ないで下さい! 見ないで下さい! 恥ずかしいです!]


 やっぱり昨日までとは全く反応が違う。まさか情欲渦巻くネットの世界が彼女の情操教育を完璧にこなしてしまうとは。


 ……。


 でも不思議だ。


「昨日は何の躊躇いもなくせ、生殖活動がどうのって言ってたのに……」


[あ、あ、あ……]


 彼女の顔がフルフル小刻みに震えて、マゼンタがピカピカ明滅する。し、しまった。無意識に言葉に出してしまっていた……。


[昨日までのことは忘れてぇ!]


 顔を押さえて恥ずかしがる彼女の姿は、少し可愛いと思ってしまった。

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