Week 1 吸血鬼は誰なのか?
胡蝶の夢 ー2024/7/1 Mon 00:00
変な夢を見た。
「……ぁあ?」
眠っていた時間は一分だけ。うとうとレポートを書いていたのが悪かった。ガンッと頭を机にぶつけ、それと同時にスマートフォンが震える。
見るとボイス入りのメッセージが一件。
『お誕生日おめでとー! 誠也!』
高校からの親友である
顔を上げて時計を見るとジャスト、十二時。
毎年毎年真っ先に誕生日を祝ってくれる親友をありがたく思いながらも誠也は奇妙な夢のことを思い出していた。段々と記憶は薄まっていく。早くノートに書き出して置かなければ。
なぜかそう漠然とした危機感を持ち、誠也は本棚からキャンパスノートを手に取って、あの仮面の人物が言っていたセリフを書き出した。
なぜかただの夢のように思えなかった。変な夢だとは思うけど。
「なにしてんだろ、俺」
数分後、ノートに書き込まれたことを読み返してもやはりただの夢だったんじゃないかと思えてくる。
バーチャルリアリティ、デスゲーム、逆らえば死ぬ。
馬鹿馬鹿しい。
こんなもので人が死ぬかってぇの。
やっぱり夢だな夢だ。疲れてるんだ俺。レポートを徹夜で書くもんじゃないと寝る準備をしようと思い。
ふと、部屋の鏡を見た。
Tシャツに隠れるように首筋に残った黒い筋。
そこにあったのは、コンビニのバイトで毎日見ているバーコードだった。
◆◆◆
あのデスゲームが果たして嘘か否か。
一限の心理学の講義を聞きながら後ろの席であることをいいことにメモを書き留める。もし本当にそうなのなら、開催しなければならない。
その為に人数を集める。
「せーいーやー! おっはよう!」
「大和。おい。遅刻だぞ」
「ごめんごめん、代弁は無理そう? もうカードやっちゃった?」
「あいにくまだ。運が良かったな。今日は電車が遅れてて、チラホラ遅れてるからリーダーはまだ回ってないよ」
大講義室の後ろの席。前にいつも座ってる彼らも朝から人身事故に巻き込まれ遅刻して焦って教室に駆け込む影があった。大和は朝寝坊をして遅刻をしたのだろうが、その人身事故が理由の遅刻に紛れることは可能だろう。
橋本大和は「ふぅー」とリュックサックをおろして席についた。誠也は書き込んでいたメモを隠しつつ、彼のために取っておいたレジュメを大和に渡す。
このメモが大和に見られるわけにはいかない。
「誠也、誕生日おめでと。俺が一番最初?」
「あぁ、そうだけど」
「よっしゃ。今年もいっちばーん!」
無邪気に笑う大和を前にして誠也は苦笑いをする。なにをまた、子どもじゃあるまいに。それにまだ講義中だ。誠也はコソコソと話す小声になって親友を咎める。
前を向くと板書きが進んでいた。今は講義に集中しよう。このメモも大和の前で書くことはできない。ひとまず休止しよう。
◆◆◆
「誠也は、コンビニでなんか欲しいものある?」
講義が終わり、次の時間は空きコマだったので、カフェテリアに向かう。まだ学生はまばらだ。昼食を頼む者もいないだろう。
コンビニで買ってきたお菓子をつまみながら談笑する女子学生グループ。カウンターで駄弁っている男子学生達、ポツンと端の席に座って参考書を読む男子学生など、たくさんの人がそこにいた。
彼らから少し離れた場所に俺たちは座った。
本当に良いの? と大和が聞いてくる。
考え事をしなければならない、甘いものを買ってもいいだろうが気分が乗らなかったのだ。
いや別にいい、と発せられた声が素っ気なく耳に返ってくる。
「ふぅん、そ。じゃあガリガリくん買うー! あっついし」
「お前、それ好きだよな」
「誠也は爽のバニラだっけ? 俺、誠也の誕生日だから買おうか?」
「あ、『欲しいもの』ってそういうこと?」
大和はなにも答えず、代わりにシシッと笑う。
「買おうかー?」
「ん。それなら助かるけど」
じゃあ買ってくる! と大和はコンビニに走って行く。
大和とは高校からの付き合いだ。
高校の時は大和がいつも赤点ギリギリで、よく教えていた。大学に進学してからも一緒にレポートを書いたり、試験勉強をしたり……。
よくこう素っ気ない俺に付き合ってくれるものだと誠也は思っていた。
「――ありがと、大和」
大和がコンビニに行っている間にメモをスマートフォンに書き起こす。ここなら大和がそばにいても読み返せる。そう思ってスマートフォンを開いた時、ピロンと通知が鳴った。
なんだ? タップするとそれは見知らぬアプリからの通知だった。
『デスゲーム、開催者の皆様に総括から。昨日は我がデスゲームに参加していただき誠にありがとうございます。昨日は口頭での説明でしたので改めてご説明をさせていただきます。……』
夢ではなかった。
『皆様のデスゲーム開催を、こちらのアプリケーションでサポートさせていただきます。誠に勝手ながらこのアプリ(以下略)を皆様のスマートフォンにダウンロードさせていただきました。このアプリは皆様のスマホから削除することはできません。まぁ、削除なんてしませんよね? 削除してもあら不思議。いつの間にやら勝手に復元、もちろん通知もミュートなんてできません。なので、ご安心を。あなたの動向をずっと監視しております。
スマートフォンにいつの間にか赤と黒の禍々しいアイコンがある。それをタップすると『ルール説明』、『参加者リスト』、『ゲーム内容』という項目がある。
誠也が『ルール説明』をタップすると、昨日仮面が説明していた内容が箇条書きに書いてあった。
必要な時はここを見ろということだろう。
その次に『参加者リスト』をタップすると『写真を撮ってみよう!』という明るいメッセージが表示される。
画面はAR撮影モードに切り替わり、慌てた誠也は近くにいた女子学生を一枚撮った。女子学生グループのようで彼女もそこに混ざっている。かなり話題が盛り上がって、笑い声がここまで届いている。だが、彼女の隣にいる元気そうな彼女への反応が、いつも一瞬だけ遅れているのが気になった。
カシャンという写真撮影の音声はしない。
脳裏に『盗撮が可能なのではないか』という予想が浮かび上がる。
『中村英美里、二十一歳。デスゲームの参加者に選びますか?』
彼女の写真。生年月日。住所。大学名。……などなどの個人情報が瞬時に履歴書のように浮かび上がる。
誠也はゾッと背筋に悪寒を感じながらも、どこか胡散臭いものを感じていた。スマートフォンに浮かび上がった個人情報の山。
これは本当に?
本当に彼女のものなのか?
赤の他人の情報を見ても本当にその人のものなのか確かめようがない。
「本物か、これ?」
大和はまだコンビニ、いや、終わったようでビニール袋を片手に走ってくる。
誠也は大和にスマートフォンを向ける。
「なーに。写真撮ったの?」
「あ、いや」
「上手く撮れた?」
「違うって、あれだよあれ。コンビニの新商品があったからルーペで拡大して何が書いてあんのかな……って」
大和が『えぇー、俺の姿撮ったんじゃないのー』と拗ねている。なんでだよ。仮に撮っていたとしてもお前の姿を撮るわけがないだろう。
「はい、誠也の分はこれね。スプーンは木のやつだっけ」
「ありがと」
「誠也って、割と庶民派だよな。マックでもバニラシェイク好きじゃん。俺、お坊ちゃんはハーゲンダッツとかレディーボーディンしか食べないのかと思ってた」
「いやそんなわけないだろ」
大和に隠れながらスマートフォンを見る。画面に表示された文章を見て思わず声を出す。
「ん? どした?」
「あ、いや……」
そこに書かれていたのは橋本大和の個人情報。
先ほど見た彼女と同じく、履歴書のようにびっちりと事細かに。彼の家族構成。住所。
大学、高校、所属していた部活まで。
全て、書き記されていた。
「嘘だろ」
じゃあこれは、本当にそうなんだ。
「誠也ぁー、ねぇ! アイス! 溶ける!」
大和の声に我に帰る。
手元にあるアイスはひんやりと冷たく、じっとりと汗をかいた手のひらには気持ちいい。大和はジトっとこちらを見つめ、不満げだ。
けれど、俺を置いて遠くで見つけた影に目線が移動する。俺の顔を見ず視線をそちらに向けたまま。目線を奪われた、その表現が適切だろう。
「誠也、大丈夫? 疲れてる? 疲れてるなら、……ほら、あそこの可愛い子、見て癒されて。食堂で見るの珍しいなぁ。なんだっけ、榊さんってモデルやってるって噂。本当なのかなぁ」
なにを言ってるんだこいつは。
誠也はそう思いつつも大和の視線の先を見る。大和がこっそりと見つめているのは同級生の榊優奈だった。大和の視線が少し惚けているように見えるのは、彼が密かに想いを寄せる相手だからだろう。
そして俺も。
――
俺たちが所属する心理学部の特待生であり、学年主席とも呼ばれている秀才だ。彼女は一人でカウンターの席に座っていた。勉強中なのだろうか、長い髪を耳にかけてシャーペンを走らせる。
外からの日光に照らされ、キラキラと輝く天使のよう。
「可愛いよなぁ……」
横顔しか誠也たちには見えないが、スッと通った鼻筋と線の細いシルエット、ふんわりとカールした髪が可愛い美少女である。
垂れ目の右目に黒子があり色気を誘う。
「笑うと、ふふって花が開くみたいでめちゃくちゃ可愛いんだよな。何回かしか話したことないけど……」
まさしく高嶺の花。学年主席という情報と、あの可憐な佇まいから大学内では知らない人はいない有名人だ。噂によると何人か声をかけて轟沈しているのだと聞く。放課後にお茶に誘ってもいつも断られてしまうのだという。
あの可愛さだ、芸能活動をしていると噂されても納得できる。
大和が言うように『モデルをしているのではないか』という噂はその中の一つだった。
「あ」
目が合った、気がした。
「……誠也」
「ん……え?」
「今、榊さんに微笑まれた! こっち見てたよ、誠也!」
なんだ今のは。大和はよっしゃとガッツポーズをして、俺の肩を揺さぶる。いいや、なにか違う。
微笑み、いや……。
手の中でスマートフォンが震えた。
『参加メンバーは決めましたか?』
ゲームのタイムメリットは近づく。
どんどん溶けていくアイスのように時間は待ってくれない。このゲームは嘘じゃない。本物だ。ならば覚悟を決めなければならない。
それに、このゲームはまだなにかを隠している。
死にたくない、まだ死にたくはない。
なら、俺はどんな手段を使ってでも生きてやる。
――そのために、生贄を選ぶのだ。
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