第31話 出禁――オッサン失意の中で


   *


「あれぇ、おかしいなぉ」


 メイド喫茶でタマコちゃんと楽しく遊んでいた筈なのに、突然店長が出てきて、出入り禁止って追い出されちゃった……


「なんでかなぁ、私何か間違えちゃったかなぁ」


 トボトボ歩いていると、フィギュアを飾ったショーウィンドウに反射して、完全オタクルックファッションのが映る。


「正体を隠しても、やっぱりこの顔じゃ……どこにも受け入れられないよなぁ」


 肩を落とした私だが、ほどなくして顔を上げると、そこにズラリと並んでいた美少女フィギュア達に目を奪われた。


「思いの外時間もくっちゃって、もう声優イベントも終わっちゃった……一日の最後に、私の最も愛するフィギュアを取り扱うショップに巡り合った事は、もはや運命と言えよう」


 空っぽのリュックサック……お外で得た戦果は皆無。

 すっかりと落ち込んだままではあるが、私は吸い込まれる様にフィギュアの楽園へと足を踏み入れていった。


「せ、……せまい――けど!」


 おそらくは個人経営であろう、昔ながらのショップには、フィギュアの箱が山と積み上げられていた。


「宝の山だぁ」


 向こうのレジで、せんべいを食ってる白髪バーコードじじいがチラッと私を見たが、目の色を変える事も無く、そしてせんべいを食う事もやめないまま、気怠そうにため息をついた。


「ここだよ、ここ! 私の楽園!」


 無愛想ぶあいそうで干渉しない店主。雑多な山から宝物を捜し出すかの様な興奮……私はすぐに色めき立って、奥へ奥へと進み始めた。


 ――ガラガラ


「あたっ……しまった、余りの巨体にあちこちにぶつかって」


 ――ガラガラガラガラドシャァ


 フィギュアのなだれが起きて、すっかり埋もれてしまった。

 せんべいを食うのをやめた白髪バーコードじじいは、カツカツと私の埋もれた山に歩み寄って来ると、手に持っていた杖で私をつつき、怒声をあげる。


「あんだぁオミャアァァ!! 帰れぇええ!!」

「うわぁあ、ごめんなさいぃっ!」


 そりゃそうだよ、そりゃ怒って当然だよ。


「この中年があ!! わしの若い頃はなぁ、オミャアなんかよりずっとデカくて! 強くて!!」

「痛い痛い痛い痛い!」


 ――まただ……ここでも私には居場所がない。

 私はただ、このオタク文化が好きで、みんなと楽しみたいだけなのに。


「オミャアみたいなやからはなぁ! どうせフィギュアを愛してもおらん、古びた店にレア物を捜しに来た“てんばーやー”っちゅうのだろうが!」

「……っ!」

「帰れ! 帰れぇ“てんばーやー”! わしの子どもたちは、オミャアみたいなカスには一人も売らんぞぉ!」


 フィギュアの山より立ち上がり、自分の腰ほどの背丈しかない白髪バーコードじじいを見下ろす。その時の私はメガネもバンダナもズレて外れて、言い逃れようもない位にただの“白狼はくろう”だった。

 ……そんな事にも気付かず私は――自分を取りつくろうのも忘れ、必死の形相で感情を吐露とろしてしまっていた――


「ちがう!」

「……!」

「私はフィギュアに救われたんだ、フィギュアを愛してるんだ! この気持ちだけは、本当に本当なんだぁあ!!」


 ――やってしまった……

 つい感情を剥き出しにしてしまった。鬼の様な顔でじじいを見下ろす私が、ガラスに反射して見える。

 ここも駄目だ、この店も出禁だ。

 この恐ろしい極悪ヅラをさらしたのだ。

 SSSランク凶悪犯のまま、我も忘れて怒鳴り散らしてしまったのだ。

 

「ごめんなさい……帰ります」


 ――あれ、それにしても私、なんでドモらないんだろう……

 まぁでも、何もかも遅いんだけど。

 ガックリ項垂れて店を出ていこうとすると、後頭部に固いものが投げ付けられたのに気付く。


「……本当に、すみません」


 怒り心頭の白髪バーコードじじいが、手に持っていたせんべいでも投げ付けたのだろう。

 そのまま店を出ていこうとすると、妙にしわがれたじじいの声が返ってきた。


「おひ……くま男」

「……?」


 足元を見ると、じじいの入れ歯が私の足元に落ちていた。

 振り返ると、じじいはまだ、せんべいを手に持っていた……

 

「オミャぁ……そうか」

「……」


 じじいはよちよち歩み寄って来ると、私の手に小さなフィギュアを一つ握らせた。


「え……」


 私はその真意が分からず、ただジッと極悪人の目を見上げ続ける歯抜けの口元に視線を落とし続けた。


「目で分かる……オミャぁがさっき言ったこと、ウソじゃあねぇって」

「……っ」

「また来い……指名手配犯。オミャぁがナニモンでも、フィギュアを心より愛でるやつは、うちの客だわ」

「…………白髪バーコードじじい……っ」


 思わず涙を落とした私は、胸の前にあったバーコード頭を、無心で腕に抱き寄せていた。

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