第30話 オッサン、メイドカフェに行く


   *


 ふぅ、さっきのアニメショップは大変だった。

 うっかりいつもの癖で女子の方のトイレに入ってしまって、それから店内は阿鼻叫喚あびきょうかんだった。

 確かに私が悪いんだけど、あんなに騒ぐものかなぁ。大パニックの店内にビックリして、二階の窓から飛び出してしまった。


 ――という事で……


「いらっしゃいませニャンご主人――っ……さ、ま……」


 用を足せていない私は、トイレついでにメイド喫茶に初入店したのであった。


「フォ、チプッ……かぁ……ヒト、り」

「あ……あ……っ、ご主人様、一名入店だニャン」

「……ィレ……借りて……ポ!!」

「あ、トイレ……?」


 黄色い声に満たされた、カラフルなメイド喫茶に入店した私は、堂々トイレの場所まで尋ねて用を済ませる。(お外中級者)

 ……それにしても、この凶悪ヅラは実に大変だ。

 ゲームショップでは緊張し過ぎて、アニメショップではニヤつき過ぎて注目を集めてしまったからな……よし、私の学びの集大成を、ラブリーな猫メイドさんたちに見せてやろう。

 ここでは無表情を貫き、さも――え、こんなのいつもやってるし普通ですよ。もしかしてアナタ、こんな事であたふたするなんて引きこもりですか? な感じの余裕を見せるんだ。

 大丈夫、表情を固定しろ……慌てず、焦らずだ。


 席に着いた私に、カウンターの奥から、他のメイドさんに背中を押されながら、黒髪ツインテールの子猫ちゃんが姿を表した。(じゃれ合って可愛い猫メイドさん。設定凝ってるなぁ)


「いらっしゃいませ……ご主人さ……タマコと、言いま……す」


 なんだ、この子ぎこち無いな。(愛らしい)

 ふふ、でも大丈夫。既にこの店のルールやメニューの下調べは済ませている。タマコちゃんが先輩猫メイドさんたちに怒られないように、スマートにリードしてあげるか。


「当店の入店……は、初めてでしょう――――」

「――『萌え萌えニャンニャンスペシャルオムライス』ゥ!!!!!」

「ヒッ!!!!」


 おっと、勢い余って少し声が大きくなってしまった。ボリューム調整が難しいんだよなぁ。

 まぁ落ち着けクルミ、大丈夫だ。ここまでの経験を活かし、余裕を見せるんだ。

 ただジッと、いつも通りの事を言ったまでだよ、とタマコちゃんを真っ直ぐ見下ろす。


「た、ただいま、お持ちします……ニャ」


 頬をカーッと赤らめて走り去っていったタマコちゃん。(愛らしい、カワイイ、食べたい!)

 おそらく新人猫さんであろう彼女を、さり気なくフォローしたから照れてるなぁ……ふふ。きっとこの店の常連さんだと思われてるに違いない。


 やがて私のテーブルに『萌え萌えニャンニャンスペシャルオムライス』がやって来た。

 さぁて、ここのオムライスの目玉は繊細せんさいなケチャップアートとご主人様への心のこもったメッセージ。それを目の前で描いてくれる事だ

 どれどれ……


『∅∌∂∏∝≯∏∂<∑≈∏∂∇』


 ――ん……なんだこれは? なんて描いてあるのか虫食い文字みたいで分からない。ネットで見たのと違う。


「ごめんなさ……ニ、にゃ〜〜〜っ」


 ふとタマコちゃんを見ると、錯乱さくらんしながら手元のケチャップを絞り尽くし、涙を流していた。


「…………」

「ほ、ほんとうに……ごめんなさいにゃぁぁあ」

「いや、頂こう」

「――!」


 新人猫メイドさんの失敗したオムライスを、私は思い切りかっ喰らった。そして、ケチャップで真っ赤に濡れた顔でタマコちゃんを見つめる……


「……オイチィ!!!!!」

「ニャアアアンッ!!」


 ガタガタ震えたタマコちゃんは、おそらくこの『萌え萌えニャンニャンスペシャルオムライス』のセットメニューを忘れているんだろうな。スペシャルというだけあってこの注文には、メイド猫さんとの簡単なゲームも付いてくる。

 動揺しちゃってラブリーだねぇ(連れて帰りたい、後をつけたい)大丈夫。ここも私がフォローしてあげるからね。


「ッ――――次ィッ!!」

「ぃイイイやァァァ!」

「『天国地獄! ねこねこジャンケン』――ッッ!!」

「フゥエエエエエエ!!!」


 そう、ここからは猫メイドさんとのお楽しみミニゲームタイムだ。三つある選択メニューから、私は一番盛り上がる『天国地獄! ねこねこジャンケン』を選択したのである。


「そ、……そんな、私出来ません。こんなコワイ人に、そのゲームだけは本当に――」


 動揺の収まらないタマコちゃんを見かねて、先輩猫メイドさんが彼女のスカートの裾を引っ張った。そしてヒソヒソとささやいていく。

 

「駄目よタマコ、他のご主人様も見てるわ!」

「でも、先輩〜無理ですぅ。あの人、能面みたいな無表情でピクリとも動かないんですよ。しかもその顔が怖いのなんのって……急に変な声も出すし、情緒がわからないんですぅ!」

「ほら、このメニューを選ぶって事は、きっとそういうのが好きな人だから大丈夫よ! それとほら、猫語忘れてる!」

「に、……にゃぁぁ」


 泣きべそをかいて振り返ったタマコちゃん。(髪の毛ご飯に乗せて食べたい)彼女は意を決した様に頬をふくらませ、私とのゲームを始める事にした様だ。

 タマコちゃんの元気一杯(死にものぐるい?)な声を先頭に、いよいよ楽しいゲームが始まる。


「最初はニャンニャン!!」

「……ニャンニャン」

「ジャンケン――ニャン!」

「――ニャン」


 ……私がグーでタマコちゃんがパー。

 負けた……つまり――という事は!!


「――にゃァァァァァ!!!」

「――――ッ!!」


 私の頬に……憧れの猫ビンタが容赦無く炸裂さくれつした。

 余りの衝撃に騒然とする店内……白目を剝いたタマコちゃん。

 ――あぁ、これが、他者との交流……

 なんて、楽しいんだ!


「フキ…………キキ――キピ」

「ヒィィにゃァァ!!」


 余りの興奮に無表情を解いて笑い出しそうになった。うわわ、声がうわずって制御が出来ない。プルプルしながら笑いをこらえるのに必死になるしかない。


「フク……ゥブ……ドドブヒィ」

「ギャァァア!!」

「ドドド……」


 こらえろクルミ! 無表情だ、また変に思われちゃうだろう!

 ああ駄目だ、ダメ! 余りの愉悦に目がギラギラしてるかも……こらえきれずに顔が真っ赤になって来てるかも! どうしよう、だって楽しくてたまらないんだもん!


「ふぅええ怒らないでぇ……殺さないでぇぇ」


 あ、あれ? タマコちゃん泣きそうじゃん、なんで? あ、もしかして、ビンタが強すぎて私が怒ってるって思ってる? そんな事無いよ気持ちよかったよ! すぐにフォローしてあげなくちゃー


「ダイジョぶ……ドス……」

「ド……っ“ドス”?!」

「タマコ……チャ、カ……ワイイ」

「“チャカ”――ッ!!! ウワァァア!! 店長、この人やっぱりカタギじゃないですぅううう!!!!」

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