第5話 衆合地獄

「どうやっても公園のトイレの匂いって慣れねぇなぁ……」


 [転換〔紫〕]の効果が切れる前にギリギリで逃げ込んだのは、公園のトイレ。

 民家に入るわけにも行かず、ギルド本部や道端なども論外。

 最悪なトイレと言う選択肢が一番安全と言うなんとも言えない状況の中、重たい体を動かしながらトイレを出る。


 体が重たい、と言うのは、言うまでもなく激しいステータスの変動によるものだ。

 少し前まで常人の5億倍の力を手に入れていた体が、いきなり一般人に近しい位に落ちた時の反動は凄まじいもので、例えるならば亮は今インフルに罹った時と同レベルのだるさを感じている。


「こんな状態で執行部さんと戦いたくねぇんだけど……、ははっ、やっぱ居るよなぁ!」

「執行部No.3、寡占孤狼かせんころう。命に従いお前を排除しに来た」

「やめといた方がいいんじゃねぇか? お前のお仲間二人も倒してんだぞ」

「俺は敵の実力を見誤る程馬鹿ではない、無謀な戦いには挑まん」


 まるで亮に勝つ事を確信したかの様に宣言する寡占に、亮は威嚇する様に距離を詰め、拳を放つ。


「この程度も見切れてないのに、勝利を確信したって言うのか」

「ああ、言える」


 亮の拳は、当たり前の様に避けられる。

 勝ち誇る訳でもなく、当然とでも言いたげな表情をした寡占に、亮は悪い顔で言う。


「なら、これも当然読んでたんだろうな」

「っ!?」


 瞬間、寡占の体に激痛が走る。


「手に毒を纏わせた。避けるならもっと大きく避けないと」

「……なるほど、お前に正面から挑むのは無謀な様だな」

「お、諦めてくれるか? じゃあ帰ってもらえると——」

「[惨劇]」


 そのスキルの発動は、あり得ない程に早かった。

 構築も、その全てが。

 [中止]を挟む暇などない程に。

 

 亮の周りを黒い物が囲み始める。

 それを破壊しようとしても、どうにも体が言うことを聞かない。

 だるさが、何倍にも膨れ上がる。

 いや、これはだるさではない、眠気だ。

 逆らいようの無い、とてつもない眠気。

 

「やはり俺に直接戦闘は向かないようだ。悪いな、この様な最悪な方法しか取れなくて」

「[削……」

「眠れ、俺はここでいくらでも待つ。


 瞼がとてつもなく重い。

 ダメだ……これは……逆らえない。


 ゆっくりと暗くなっていく視界……それがだんだんと明るくなっていくと——


「亮〜! 朝ご飯出来たわよ〜! 早く降りて来なさ〜い!」


 それは、何年も聞いてなかった声。

 10年以上聴き続けていた声。

 この声は——


「母、さん?」

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