第3話 初任務

 冒険者含む人民の平和を守る重要な組織、治安維持部隊。

 その仕事内容は行方不明冒険者の捜索や攻略が遅延しているダンジョンの攻略、最前線で戦うこともある彼らは常に死と隣り合わせ。


 そんな部隊の隊長は今、どんな任務をこなしているのか?


 ダンジョンの攻略? 

 ——否。


 悪逆非道な冒険者の粛清?

 ——否!


 国に仇す者を秘密裏に抹殺?

 ——否ッ!!


 彼は今、無限に広がる青空の下、優秀な部下達と一名の新入りを連れ、太陽が反射しギラリと光る手に持つ相棒と共に、汚物に塗れた路上でゴミ拾いをしていたッ!!


「……え、ゴミ拾い?」

「治安維持部隊重要任務の一つだ。……何かおかしいか?」


 この部隊で一番の常識人である茅末副隊長が真顔で語るのだから恐らく間違ってないだろうし、間違っていたとしても反論出来ない。

 しかし路上でゴミ拾いをするのに命が掛かっているのだとしたらこの世界はなんと危険なのだろうか。

 ここは一つ反論すべきだろう。


「いえ、別に、でもその、死と隣り合わせみたいな説明はどう言う……?」

「ゴミに毒物、毒虫、爆弾物等が混じっていた場合最悪死ぬ」


 正論だ。しかしそう言う事ではないのだ。

 ここで折れたらダメだ、今度は強気に——


「多賀谷君、一緒に頑張ろうね! はいこれ軍手とトング! ゴミはこの袋に集めて!」

「あ、風越先輩……」

「凛でいいよ!」

「分かりました凛先輩。ありがとうございます」


 そう言う事なんだろう。納得した。

 

 立ち往生してても仕方が無い為、凛先輩に貰ったゴミ拾い用具を使い、ゴミ拾いを始めた。

 そうして数分間ゴミ拾いを行い袋に段々とゴミが集まって来た所で、隊長がやけに静かであることに気づく。

 見ると隊長は凄まじい速さでトングを動かし道を汚す汚物を背負いカゴにどんどんと入れていっていた。

 余程集中しているのかその作業には言葉が無く、ただ黙々とやり続けていた。


「副隊長、隊長はなんであんなに静かなんです?」


 俺はゴミ拾いをする手を止めずに、そう質問した。

 すると話しかけられた副隊長も手を止めず質問に答える。


「あぁ、あれは静かにしてるのではなく心を鎮めているんですよ。そうしないと隊長のスキルは生きませんから」

「スキルが生きない?」

「隊長の固有スキル[心闘滅脚]は、心が鎮まっている程敏捷性と思考力が上がり、反対に興奮すればする程握力と腕力と馬力と体重が上がると言う効果を持っています。今は心を鎮めて俊敏性を得ていると言う訳です」


 なるほど、とうなづいていると、茅末副隊長は補足するように『鎮まっている方は大変役に立ってますが、興奮の方は五月蝿いので迷惑してます』と愚痴をこぼしていた。

 そうしてそのまま雑談しながらのゴミ拾いが始まる。

 

「多賀谷君は何故B級……いえ、Sに単独で潜ったのですか?」

「え? S級?」

「おや、知らなかったんですか? 君が潜ったダンジョンはS級に昇格予定で、君が攻略する少し前にそれが承認されたんですよ?」

「俺てっきりB級かと思って……」

「そうでしたか、しかしB級であったとしても単独である事に対しての疑問はありますね。ダンジョンは基本三人以上で行くものですし」

「……わ、若気の至りってやつですよ、調子に乗ってたって言うか」

「調子に乗るくらい良いスキルを持ってるんですね?」

「もしかして尋問されてますか?」


 それは雑談の内のジョークとして言った。

 あくまでジョークで、そんなわけないと思いながら聞いた。

 

「ええ、してます」


 副隊長はゴミ拾いを止め、体ごと向けて真剣な顔で寄ってくる。

 それに対して亮はゴミ拾いを続けるわけもいかず同じく手を止める。


「単独でB級ダンジョンに潜り攻略し、堂導支部長が期待している無名の冒険者、怪しまない方がおかしい」

「まあ、確かに」

「君は何か隠している。それも重大なことを」

「それは……」

「冒険者が隠す事なんてスキルと女と金だけです。その内堂導支部長が気にいるのなんてスキルだけでしょう。……正直に答えて下さい。貴方は何を隠しているんですか?」

「俺は……」

「お前ら!! ゴミ拾いをサボるんじゃない!!」

「「?!」」


 あまりの圧に[ダメージ吸収]の事を話しそうになった時、数日前鼓膜を瀕死にした凄まじい声が聞こえてきた。隊長の声だ。


「隊長……トングが捻じ曲がってますよ?」

「ん? ……な?!」

「隊長、トングの耐久力考えて下さい。スキルで強化された握力に耐えられるとでも?」

「そもそも興奮させたお前が悪いだろ!」

「いや私は真面目な話を……」

「罰として新しいトングを買ってこい! 隊長命令だ!」

「ですが……」

「隊長命令だ」

「……分かりました、


 すると茅末は素早くその場を立ち去った。


「すみません、掃除サボってしま——」

「ペテンだっけか?」

「え?」

「お前が巷で呼ばれてる名前は」


 俺は恐らく酷い顔をしていると思う、絶望と困惑と焦りがぐちゃぐちゃに混ざり合ったそんな想像し難い顔だ。


「???ランクスキル[ダメージ吸収]ってのを持つ国の切り札とか持ち上げられてたからな、当時ギルド職員だった俺はお前の事をよく知っていた。お前はギルドを実質的に追放された後バイトをしてたそうだが、つい最近そのバイト先のコンビニに強盗が入った。それも謎の変貌を挙げた魔物のような化け物だ。俺は治安維持隊として調査に赴いたが……店長の話ではお前が撃退したらしいな?」


 俺は何も言えない、いや、何も言いたくない。

 何か言えば、一瞬で全てを見抜かれてしまいそうだったから。


「店長の話ではお前が戦っていく内にどんどんと元気になっていった様に見えたとの事だ、更に言えば強盗はどんどん疲れて行ったと。おかしな話だよな? まるで相手から力を吸収してるみたいだ」

「俺、その……」

「うん?」


 誤魔化そうとした瞬間、体調と目が合った。

 その目は、とても好意的だった。

 この人は敵ではないと感じた。


「俺の[ダメージ吸収]はダメージを与えられると与えた人物のステータスとスキルを吸収します。怪しければこの場でクビにして下さっても構いません」


 俺はもう一つでかい声が飛んでくるかと思い恐怖から目をギュッとつむった。

 しかし次に来たのは、先程とは打って変わって明るく軽い声だった。


「クビにするわけ無いだろう? 正直に話してくれたんだ、それだけで信頼しよう」

「え?」

「分かっている通り俺はバカだが勘は良い。そして俺の勘が言ってるんだ。コイツは正直者で信頼できるやつだって」

「いや、でも、ダンジョン攻略中とかに後ろからとか考えないんですか?」

「考えねぇ、お前はもう仲間だ。それにお前はそういう事をしたく無いだろ?」

「……他の人のステータスを奪うのは、なんだか嫌だなって」

「だろ? なら大丈夫だ!」

 

 そうして隊長は俺に右手を出す。


「治安維持部隊へようこそ」


 俺はそれを、右手で握った。


「よぉし! 明日からはダンジョン潜りまくるから準備しとけよ!!」

「はい!」


 その後トングを買ってきた副隊長と共に日が暮れるまでゴミ拾いをして、夜七時に解散した。

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