第16話 トクントクン

 お風呂に入ってから、寝室のベッドで横になって考える。

 連絡先は交換しているけど、翔也くんは引っ越したら連絡をしてくれるかな?

 事務所の子だって半年以上連絡取っていない子がいるのに……。


 きっと翔也くんは引っ越しても私の配信は観てくれる。

 これはたぶん自惚れとかじゃなくって確信があった。

 私が配信すれば翔也くんはレイラを観ることができるし、アーカイブだってある。

 でも私は? 私の方は声すら聴けなくなっちゃうよ。


 頭に浮かんでくる落書きを一人で落としている翔也くんの後ろ姿。

 むき出しの悪意にさらされて傷ついてた。



「なのに私が復帰してうれしいに決まってるなんて……」



 胸がトクントクンいってる。こんな気持ち、抑えられない。

 でもどうしたらいいの? コミュ障の私なんかじゃ、どうしたらいいのかわからないよ。

 …………一つあった。それも特攻スキルと言っても過言じゃない。

 翔也くんはレイラが好きで、レイラは私なんだから。


 まだ胸はうるさく鳴り続けているけど、目を閉じて意識的に頭を空っぽにする。

 配信のクォリティーが下がるのは本末転倒。

 ここをしっかりしておかないと、きっと翔也くんはガッカリしちゃうから。





 今日のレイラの配信は二回行動が予定されている。

 昼間の現在はゾンビゲームのクリア目前というところで、夜には久しぶりの晩酌配信の枠が建ってていた。

 今までもたまに二回行動はあったけど、復帰してからは初の二回行動。

 昨日の配信はノッていたみたいだし、復帰前のことは完全に吹っ切れたような印象だ。



『ウォラァー! イヤァァアアーー! 死ぬ、死ぬーー!』


『だからセーブしろと』『あっ』『これは……』『草』『あ』『マズイ』『セーブしないから』


『うるさいっ!』



 うん。今日も見事にコメント欄とプロレスしている。

 コメント欄にうるさいなんて言っている配信者、あんまりいないとは思うけど。



『ちょっとお手洗い行ってくる』


「――――!」



 僕の身体に緊張が走る。物音を立てないように最新の注意を払った。

 このときばかりは配信部屋のドアが開けられるため、どんな音を拾われてしまうかわからない。

 それこそここでオナラなんて僕がしてしまったら大変なことになってしまうかもしれないんだ。


 緊張している僕を他所よそに、ありすさんはあっという間に配信部屋に戻る。

 今までの配信でもあっという間に戻るからそんなに急がなくてもいいんじゃないかって思っていたんだけど、やっぱり急いで戻っていたんだなぁなんて思ってしまう。


 ――――こんな風に思うのもありすさんと一緒にいるから。

 そう思うと今が特別な時間なんだなって思う。

 これがいつまで続くのかはわからないけど、たぶん引っ越したらこういう場面で急いでるありすさんを思い出したりするのかもしれない。


 お昼の配信は予定通りクリアして終わり、食事を取っているとスマホが鳴った。

 SNSの通知で、目の前でスマホをいじっているありすさんのものっぽい。

 こうして目の前でされたものをすぐチェックするっていうことに気恥ずかしさのようなものを感じながらタップする。

 告知を見た僕は視線をありすさんに向けてしまう。

 ありすさんも少し恥ずかしそうにしながらこっちを見ていた。



「これは観てもいいんですよね?」


「観たい?」


「これはレイラが出るからノーカン!」



 告知は晩酌配信の前にある、他のメンバーの生誕祭LIVEに出演するというもの。

 いつもならこんなのなんの気にもしないで問答無用で観ている。

 だけど今は目の前にありすさんがいて、目の前で他の配信者の配信を観ることになるのでお伺いをたてたのだ。



「翔也くんはアイドル衣装の私が観たいんだよね?」


「――!! アイドル衣装で出てるんですか!?」



 いつもより一時間遅い配信だったのは、この生誕祭LIVEに出るからだったんだろう。

 アイドル衣装を着るのはこういうとき以外はほとんどない。

 というか皆無って言ってもいいくらいだから、ファンとしては見逃せない。



「あっ……まだ誰にも言っちゃダメだよ」


「もちろん言わないので、観てもいいですよね?」


「他の子ばっかり見たらダメだからね?」



 ありすさんと夕食を取り終えて、急いで二人でお風呂に入る。

 お昼の配信は夕方に終えていたけど、九時からはゲスト出演の生誕祭LIVEで、一〇時から晩酌配信となればぎゅうぎゅうとは言わなくともすぐ時間はなくなってしまう。


 ありすさんがシャワーを浴びている間に僕は夕食の後片付けをして、入れ替わりでありすさんは配信の準備をする。

 配信が終わればすぐ寝られるようにということか、ソファベッドの準備までしてくれていた。

 二人でリビングのTVでLIVE配信を観る。

 順番にゲストが出演して、四番手にレイラの出番となった。



「――――!」



 いつも見るのはミニスカートだけど、今日のレイラはショートパンツのスタイル。

 僕はリアルイベントのLIVEとか見に行ったことはないけど、宣伝用の画像などでどんな衣装でやっているのかくらいは知っていた。



「LIVEとかだとミニスカートの方がみんな見たいかなと思っちゃうから、この機会にショートパンツをお披露目したんだけど」


「ショートパンツもいいと思います! 少し印象が活発な印象を感じますけど、ショートパンツも見たいです!」


「そ、そうなんだ」

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