第2話 炎上したけど、それでも推してしまう
「え――――どうしてこんなものが……」
ポストからそれを手に取った瞬間心臓はドクンドクン鳴って、僕の手は震え始めていた。
封筒には赤い色で内容証明と書かれていたから。
震える手でカバンから家の鍵を出して、ドアに挿し込もうとするけどうまく入らない。
意識的に深く息を吸い込んで、少しでも手の震えを抑えた。
バイト帰りっていうのもあって、ドアを開けると部屋は暗い。
地方から大学のために出てきているから、家族がいるということもない。
アパートの部屋の明かりを点けてカバンを放り、震える手で内容証明と書かれた封筒を開けた。
当然なかの手紙には字が並んでいるけど、その内容を見れなかった。
こわい。
これが正直な僕の気持ちだ。真っ先に浮かんできたのは慰謝料。
つまりお金のこと。大学に通いながらバイトをしている僕に、慰謝料を払える余裕なんてない。
なにしろなにかのときのために少しずつ貯めてたお金ですら、5万円くらいしかないんだから。
だけど同時に、どうして僕のところにこんなものがとも思った。
まったく心当たりがなかったから。だからきっとなにかの間違いだと僕は知っている。
ただ知っていたとしても、僕の心臓は変わらず鳴り続けていた。
たとえ人違いだったとしても、このままことが進んでしまえば真実になってしまう可能性もあるかもしれないから。
僕は冷蔵庫で作っておいたお茶をグラスに入れて、一口飲んで深く息を吸い込んだ。
もう一度テーブルに置かれた手紙を手に取って、誰宛なのかを確認する。
そこには 前田翔也 と、確かに僕の名前が書かれていた。
内容を読んでいったところで僕の心臓はドクンと鳴り、信じたくないことが書かれている。
差出人は担当の弁護士からだったけど、僕が内容証明を送られたのはレイラに対する誹謗中傷に対してだった。
レイラは僕が誹謗中傷したと思っているってこと?
気づけば涙が少しだけ出てきてた。同時に気分が悪くなって吐きそうな感覚を覚える。
実際に吐くまではしなかったけど、吐いてもおかしくないところまできてた。
こんな状態なのに、僕はふとレイラの配信が行われていることを思い出す。
さっきまで帰ったらレイラの配信を流しながら、洗濯物をやらないとなんて考えていたからかもしれない。
その日僕は全然寝付けなかった。ベッドに入っても相変わらず心臓はうるさくて、頭を空っぽにすることなんて全然できない。
まるで彼女が夜になってもまったく連絡がつかなかったときみたいに不安に
朝になって、僕は大学にも行かず弁護士事務所に電話をかける。
とにかくなにかの間違いだと、誤解を解く必要があった。
「はい。確かに前田翔也で間違いないです」
『そうですよね? こちらは情報開示請求を行っていますので、前田さんが誹謗中傷したことは明らかなんですよ。
では前田さんがお持ちになってる、端末のIPアドレスを教えてもらえますか?』
弁護士さんに言われてノートパソコンとスマホのIPアドレスを確認すると、弁護士さんが持っている情報と一致してしまう。
『相手を傷つける意図はなかったとかって言い訳は通用しませんよ? レイラさんの事務所は示談を望まれていないので、時期がくるまでお待ち下さい。では失礼します――――』
「…………」
もうできることがないと思った。話せば誤解だとわかってもらえると思っていた。
僕にはやっていないっていう確実な根拠があったけど、この根拠は他の人から見ればただの言い訳のようなものでなんの意味もなかった。
このあと僕は、実家に連絡して今の状況を伝えた。そうする他に僕にはなにもできなかったから。
『本当にしていないのね?』
「うん。一度もそのVtuberについてなにかを言ったことはないから」
『わかった。私からお父さんにも話しておくから、翔也は普段通りにしておきなさい』
「うん。わかった」
『大丈夫? 夏休みはまだ?』
「うん。まだ二年だからまぁまぁ授業取ってる。それにバイトもあるし」
『そっか。とにかく無理しちゃダメよ?』
「うん。わかった」
どうしても大学に行く気分にはなれなくて、僕は初めてその日一人酒をした。
なにを血迷ったのか、レイラの配信を見ながら…………。
スマホの通知音で目を覚ました。いつの間にか寝ていたらしい。
スマホを見ると六時を回ったところだったが、それよりも通知がおかしなことになっていた。
延々とSNSの通知が鳴り続けている。
何事かと思ってSNSを開くと、僕のコメントが炎上していた。
「内容証明がきたけど、レイラを誹謗中傷なんてしてないです。信じてほしい」
酔っ払って書き込んだみたいだった。なんてバカなことをしているんだと思う。
こんなの昨日の弁護士と同じで、信じてもらえるわけがない。
案の定このコメントは炎上してしまっている。
『内容証明きてる時点でウソ乙』『チーン』『ご愁傷さま』『マジでこういうヤツ哀れ』
『反転アンチってこんなんなるんか』『どんな気持ち?』『震えて眠れ』…………。
よく見ると、コメントのなかに僕がバイトしてるルーシェのことまで書かれていた。
僕の名前までバレてしまっていて、とにかく関連していそうなことを急いで検索する。
共通していそうなものを参考にさらに掘っていくと、どうやらバイト先の画像で特定されているっぽい。
以前僕のアカウントで、ルーシェのことを書いたことがあった。
レストランでは時期によってコース料理が変わるけど、個人的にメチャクチャおすすめできるデザートのときがあって、それを画像で載せたことがあった。
その画像に僕の腕時計が写っている。
ルーシェのアカウントでも拡大しないとわからないくらいのサイズで僕が写っているのがあって、腕時計から繋がったようだった。
名前は名札からだろう。
すぐに炎上状態のコメントを削除しようと思ったけど、もうあとの祭りなんだろう。
削除しても他のにコメントがくるだろうし、削除したっていうことでまたなにか言われるはずだった。
大学にいる時間帯にルーシェから連絡があって折り返すと、しばらく休んでほしいと言われてしまった。
お店の方に僕のことで電話をしている人がいるらしい。
申し訳ないから手伝いたい気持ちはあるけど、今の僕には直接できることはなにもなかった。
バイトに行けなくなったというのもあって、僕は家でご飯を食べながらパソコンを点ける。 昨日見れなかったレイラのアーカイブを見るためだ。
最初は見るのをなんとなくこわく感じてしまい、
でも実際に見てみると、僕以上に叩かれていたのにまったくそんなことをレイラは感じさせない。
そんな彼女のアーカイブを見ていたら、こわいっていう感覚は消えていたんだ。
それは彼女にフラれたときと同じような感じだった。
僕はたぶんバカなんじゃないかって思う。レイラから内容証明を送られたっていう状況なのに、彼女が復帰できてよかったと前以上に思ってしまったんだ。
僕も少しだけど、どういう痛みなのかがわかったからかもしれない。
「レイラが復帰して、すごくうれしい」
初めてまともにSNSでレイラについてコメントしていた。
たぶん信じてくれる人は誰もいないと思う。内容証明なんか出されちゃってるのにバカなやつって思うでしょ?
それでも僕は彼女を推してしまうみたいだ。
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