大丈夫

 そしてお兄さんは、意を決したように雄叫おたけびを上げながら剣を振り上げた。


忌々いまいましいっ!』


 すかさず魔女は、お姫様から抜け出した。


「姫!」


 倒れ込むお姫様に向かってお兄さんは駆け寄るが、先に抱き留めたのは別行動をしていた男の子だった。

 そばには男の子と共に行動していた、ユウと大男もいる。ユウは僕と目が合うと、二ッと白い歯を重ねて笑った。


「王子! よくぞ、ご無事で!」

「ええ。アランさんが作ってくれた薬のお陰です! それよりも魔女を!」


 男の子は額に汗をいっぱいかいていた。

 それもそのはず。男の子いわく、何日も気を失っていて、生死を彷徨っていたそうだから。

 でもまさか強い信念だけで体を抜け出して、まるで幽霊のように振る舞うことが出来るなんて驚きだ。その分、お兄さんの薬がなかったらきっと命も危なかったのだろう。


 お兄さんは見えないなりに、男の子が指示した方向へ体を向き直した。僕も視線を向ける。

 魔女は人型ではなく、深い黒の渦状うずじょうの小さな塊だった。もしかしたら僕にはそう見えているだけで、男の子や他の霊感を持つ人が見たら違うかもしれないけど、とにかくこういう嫌な感じは初めてだった。


衛兵えいへいを惑わせ閉じ込めておいたはずのお前が、なぜここにいる!?』

「ドゥースさんが助けてくれたんですよ。衛兵たちには気の毒ですが、少し眠ってもらいました」


 お姫様から発する言葉と違い、霊感がないと声は聞こえないらしい。男の子に突然話を振られた形になる大男は、返事をしながらも戸惑っていた。

 ユウはどうなんだろう?


『聞こえるよ。なんでか知らんが。でも姿は見えん』


 そっか。ねぇユウ、ここからさっきの村が見えるでしょ? どう——


「なあドゥース! 村はっ、城はどうなっている!?」

「え。どうって、何も変わらないが」


 お兄さんはとても安心した様子で息を吐くと、同じように安心した僕の顔を見ながら、大輝が教えてくれた通りだなと優しい顔で言った。

 そう、つまり。


「これは全て、魔女が見せていた幻影げんえいなんだ! 魔女って言っても、もう力はないみたいだけどね! 現に僕たちへ攻撃も出来ない!」

『なっ、なぜそれに気付いた!?』

「だってもし本当にお城を壊すほどの力があるなら、宝石だって自分の力で集められるでしょ? それに危害を与えた村を見たアランさんの瞳には炎が映っていなかった。要するに、僕たちの脳へ直接アクセスして惑わせることは出来ても、それ以上のことは不可能ってこと!」

『こ、小賢こざかしい子どもめ! まぁだからと言って、どうすることもできないのはお前らも一緒』


 フン。と捨て台詞のように小さく笑って魔女は僕たちから離れていく。


「あっ、こら逃げるな! ヒロさんユウさんっ、魔女を封印していた鏡があるはずです!」


 鏡? そう言われてもどこを探せば……。


『チッチッチ。うちの前で心の中でお喋りをするのは厳禁げんきんだ』


 ユウは一目散に走る。そして水瓶みずがめに腕を突っ込んだ。

 しかしユウでは透けてしまうようで取れない。代わりに僕が行く。するとそれに気付いた魔女が追ってきた。


『子ども! 一体何をする気だ!』

「わかってるくせに!」


 恐ろしい物体がもの凄い速さで僕へ向かって来る。

 怖い、凄く怖い。

 でもさ、僕にはこうやって必死に腕を広げてくれる最強の守護霊しゅごれいがいるから。


「あった! ちっさいな!」


 想像していたよりも小さい鏡を、えいっと魔女へ向ける。ユウと守護霊も一緒に向けてくれた。

 すると魔女は僕に負けないくらい大きな声でぎゃーっと叫びながら、あっという間に鏡の中へと取り込まれていったのだった。


「終わった……? ってあれ!?」


 僕は虚無空間にいた。もちろん獣人族のみんなはいない。

 え、ちょっと後腐あとくされないってレベルじゃないよ! お兄さんに演技させたことも謝っていないし!


「いやだって、あんまり干渉かんしょうするのは、ね? それにしても鏡を探している時にさ、なんかヒロしたの? まるで魔女が押し返されているように感じた」

「え? ああうん、それ母さん。僕の守護霊のせい」


 僕は項垂うなだれるのをやめて、親指で後ろを差して言った。


「え……」


 ユウが絶句した。

 僕はユウの変な顔を笑おうと思ったけど、学校の廊下の景色が広がって、次に両手にずしんっと重みを感じてそれどころではなくなった。

 もう、機材はアメとは違うんだって!


「ごめん。うち、ヒロのことを子どもだってばかにしてた」

「は? 意味わかんない。ってもう母さん、学校に戻ってるんだから早く家に帰ってよね」

「なんてこと言うんだお母さんに向かって! やっぱりヒロは子どもだ!」

「いーじゃん、母親が学校にいるなんて普通じゃない。それに」


 僕は一度、後ろを振り返ってから言った。


「どーせ明日、母さんは文化祭に参加するんだからさ」

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僕は幽霊が見えてもなんの役にも立たないと思っていた りほこ @himukai

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