第2話

 虎の狐憑きの宝刀『狐假虎威丸こかこいまる

 狢の狐憑きの忍び刀『狐狸変化こりへんげ

 彼岸花の狐憑きの炎刀『狐ノ剃刀ひがんばな


 三本の刀で、山伏の狐憑きが身にまとった死霊を剝がしていく。


「きりがないぞ」


 洛の言う通り、死霊たちは足元の棺桶から次々とあふれ出て、終わりがないように思われる。死霊たちは山伏の狐憑きに取りつき、そのつもりはないのかもしれないが、彼の鎧となっている。


「あの棺桶を引き離そう」

「俺がやろう。数には数だ――コン!」


 洛が妖術アビリティを発動する。狐と狢の化け比べ。昔話の大名行列が顕現する。


「下にー、下にー」


 狢の分身たちはそう声をかけるが、死霊たちの中に平伏する者はいない。あんまり日本語が通じている感じもしない。それはともかく行列の人々は籠でも担ぐように、死霊あふれ出る棺桶を担ぐ。


「よけろー、よけろー」


 俺の想像していた大名行列よりもずいぶんスピーディーに、彼らは狢の狐憑きを先頭に、棺桶をえっさほいさと運んでいく。


「わたしが残りの死霊を払おう。トドメはお前が刺せ」


 西尾はそう言って、死霊の衣装で膨れ上がった敵に向かって駆けだす。相談する暇はないか。


「しゃーない」


 覚悟を決めよう。あの山伏に、俺たちの声は聞こえない。息の根を止めてから、仮面を剥がす。できるだけ痛みのないように、一瞬で真名を明らかにする。消去法だが、俺には彼の正体がわかっている。


「今だ!」


 彼岸花の炎刀が死霊を焼き尽くす。俺の『狐假虎威丸』のスキルで彼女の武器は起動しないはずだが……という疑問は、今は置いておこう。


「オレの修行を、邪魔するなァ」


 ハラハラと、焼切れた死霊が舞う中、俺は一点めがけて踏み込む。


 抜刀。


 まだ刀の切っ先が鞘に残っているところで、左手が鞘の方を引く。右手は逆方向へ加速。真一文字に一閃。


「オレ、の……修行ぉ」


 俺が斬ったのは、彼の左脚一本だった。斬った手ごたえを感じないほどに、我ながら見事な振りぬきだった。首に当てれば頭を飛ばすことができただろう。


「……甘いね」


 山伏の背後に、女武者が立っていた。


「が、はぁッ……」


 瞬間、山伏の胸から刀の切っ先が飛び出す。西尾が背後から手加減なく突き刺したのだ。


「ちゃんと息の根を止めないと、妖術が発動したままになる」


 山伏の身体がどうと倒れて、すべての死霊が消え去る。


「その甘さは捨てないと、この世界じゃ生き残れないよ」

「何のことかな。さっきのは手元が狂っただけだ。うーん、まだまだ修行が足りなかったなー」

「ま、いいけど」


 正直なところ、迷いが生じた。同級生の首を落とすことに。


「じゃあこいつの妖術アビリティはわたしがもらうね。あまり気持ちの良いものではなさそうだけど」


 西尾は山伏の仮面を取る。


藤尾修吾ふじおしゅうごね」


 西尾と同じ2年C組。ヤンキーというほどではないがちょっとした悪ガキで、クラスの中心になるのが上手いタイプの人間。要注意人物だと思っていたが、異世界でも問題児だったか。


「前世の罪がどうとか言っていたな……」


 藤尾修吾の身体は光に包まれ、消える。


「1年のときに、松尾鎗太郎まつおそうたろうをクラスでのけ者にして、不登校に追いやったらしいわ。罪といえば、それくらいかしら」

「それくらいって……」


 松尾鎗太郎は、この世界で隠者の狐憑きになった。金倉堂かなくらどうで対峙した引籠りだ。


「クラスの人気者が、いじりやすい相手を見つけてみんなで笑いものにする。ただそれだけのこと。日本全国どこの中学にもあることじゃない」


 視野を広く持てば、そういうことだ。長い人生の中のほんの数年、たまたま同じ教室に押し込められただけの仲だ。気にすることはない。しかし当事者にとっては、命がけなのだ。


「でも藤尾は、この牛蒡連峰ごぼうれんぽうで、自分の妖術によって罪滅ぼしをしていたんだな」

「罪滅ぼしねぇ……ただの現実逃避だと思うけど」

「おまえ、結構藤尾に対して手厳しいな。同じクラスだろ」

「まぁ、後ろから心臓を突き刺せる程度の仲ね」

「めっちゃ嫌ってる!?」


 NPCという認識なのかもしれないが、この村の人達を配下の兵士のように扱った。首を切り取って……。反省の色はあまり見えないな。


「おーい、この棺桶必要?」


 洛が一人で棺桶を引きずりながら俺たちのもとに戻ってきた。


「気持ち悪いからいらない」


 西尾は洛の労をねぎらうでもなく、そう言った。

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