第3話

 2年A組、妹尾治郎せのおじろう。それが『狼』の正体だった。


 存在感が希薄な図書委員。その存在感の希薄さゆえに、小学生時代のかくれんぼでは無敗と聞く。見つかることなくゲームは終了。一人寂しく家路につく。見つかりさえしなければ最強、だった。悲しき孤高のかくれんぼ王。


「私は与えられたスキルを使わせてもらって、こうして隠れている。ハイドアンドシークは得意なのでね」


 このセリフはヒントだった。俺はこの時点で『狼』の正体におおよその見当はついていた。彼はむしろ見つかりたがっていたのだ。


「妹尾治郎。みーつけた」


 仮面を取り、妹尾治郎は光となって消える。

 ちなみに、真名を告げたのは俺。仮面を取ったのは洛である。


「『狐憑き』は他の『狐憑き』の仮面を剝いでその名を暴くことで、相手を元の世界に強制送還することができる」

「相手の真名を暴いて送還すれば、その『狐憑き』が持っていた能力も手に入れることができるの」


 これは管狐のセリフ。


 今回の場合、つまり真名を告げた者と仮面を剥いだ者が異なる場合、その能力はどちらに移譲されるのか。


「何か感じるか?」

「いや、特に」


 結論、わからず。


「引き継げる能力というのはつまり妖術アビリティのことだろう。武器スキルの方は奪いたければ奪えばよいという感じか」

「妹尾くんの隠れ蓑スキルは、俺たちがズタボロにしてしまって、もうその効果を発揮できそうにないが」


 俺たちが戦いのさなか、切り捨ててしまった布切れを見下ろす。


「彼の言うことを信じるならば、おそらく『狐憑き』を元の世界に返還したとき、能力とともに『殺生石』も引き継ぐことになるのだろう」

「なるほど。体内の『殺生石』が妖術の源になっていると考えるのが自然かな」

「だれも説明してくれないからわからないが、妹尾治郎の『殺生石』はひとまず俺たちが半分こしているということにしておこう」

「おーけー」


 俺たちは状況を整理してから、洞窟を後にした。


「ところで」

「ん?」


 一つ、洛に確認しておかねばならぬことがある。


「洛は元の世界へ還らなくていいのか? お望みとあらば、俺が仮面を取ってやるが」

「それで、俺の『殺生石』もゲット、ってか?」

「そうじゃなくて……」


 そうじゃなくて、いまや洛にはこの世界にとどまる理由がない。尾瀬茉莉はもう、こちら側にはいないのだ。


「冗談さ。俺はもう少し、親友に付き合ってみようかと思ってな」

「ほほう」


 ほほうとか言いつつ、俺は内心ホッとしていた。この世界で独りぼっちになるのは、やはり心細いではないか。


「俺はこれから京の都を目指すぞ。あのやけに強そうな女武者がいるかもしれない」

「承知の上さ。むしろ、俺もあいつにもう一度会いたい」

「なに? 彼女がいないからって、異世界浮気か?」

「なぜそうなる。敵討ちに決まってるだろ」


 大神窟おおかみくつから出て、乗ってきた船に向かう。来たときはあまりじっくり観察する時間がなかったが、あらためて見ると、それは小型の帆船だった。風があれば、手でこぐ必要はなさそうだ。


「まさに、乗りかかった船というやつだな」

「ふむ」

「それに、お前を残して俺だけ元の世界に帰っても、なんだか後味が悪いしな」

「それもそうか。ならば行けるところまで付き合ってもらおう」


 俺たちは船に乗り込み、瀬戸内海を東へと進んだ。

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